遺跡カード

Chikkan-köl:七康湖

ドイツ隊のルコックらが調査した遺跡群。現在は七康湖と呼ばれる湖の周辺および湖心島に存在していた遺跡と考えられる。7世紀のものと考えられる仏教遺物が出土しており、6世紀の『麹斌造寺碑』との関係が指摘されている。

カード情報

クラス

遺跡カード

空間的範囲/Spatial Coverage (dcterms:spatial)

Chikkan-köl / 七康湖
地名照合カード

関係/Relation (dcterms:relation)

Chikkan-köl
地名カード
七康湖
地名カード

方法

4.2 Chikkan-köl と七康湖遺跡
まずは平面圖と寫眞を用いて遺跡が同定できた例を示す。Chikkan-köl(チッカ
ンクル)については、二〇世紀初頭の探檢隊のうち、ルコックが最も詳細な報告
を殘している。彼は'Tschyqqan Köl' という湖周邊の發掘調査を行い、この地點
に多數の佛教寺院遺構の存在を報告した(圖14)〔10〕。第6 章に述べるように、これはスタイン地圖の'Chikkan-köl' と考えられる。


圖14: Le Coq, Albert von, Chotscho, p.11, `Schema der Anlagen von Tscyqqan (ƒïqqan
Köl'(チッカンクルの施設分布). A~E は筆者による。

5.4.2.1 場寄せによる現在地の推定
 スタイン地圖には、Serindia 地圖にもInnermost Asia 地圖にもChikkan-köl の
地名がある。しかしスタイン地圖上ではChikkan-kol という地名の近邊にいくつ
かのポイントが描かれているため、その中のどれがChikkan-köl に對應するのかは
明確ではない。そこでまず、スタイン地圖の誤差を利用して現在地を推定すること
にした。この付近で基準點として使えるのはベゼクリク千佛洞(Bezeklik Temple
Ruins)であり、Serindia 地圖で西北西に3.2km、Innermost Asia 地圖で西南西
に5.6km の誤差である。そこでこれらの情報を用いて場寄せによって現在地を推
定した結果が圖15 である。この結果、Chikkan-köl の現在地は右のGE 圖の枠の
エリアにあると推定できる。


圖15: 左:Serindia 地圖のChikkan-Köl(誤差は西北西に3.2km) 中:Innermost Asia
地圖(誤差は西南西に5.6km) 右:Chikkan-Köl の現在位置(枠内)

4.2.2 平面圖との照合による絞り込み
 圖16 はChikkan-kol 現在地として推定した地域の高解像度衞星畫像である。圖
14 に示すようにルコックは湖を報告しているので、この地域に存在する湖を探し
てみると、そこには2 つの湖が存在することが判明した。そこでまずルコックが
報告した湖を同定するため、衞星畫像と遺跡周邊の平面圖とを比較することにし
た。平面圖には縮尺や方位が記入されていないので、平面圖の擴大縮小や移動を
繰り返しながら衞星畫像と平面圖の湖の形状を比較した。しかし試行錯誤を繰り
返しても、湖の形状を一致させることは難しい。したがってこの方法では湖を同
定することはできなかった。次にルコックの報告書の記述を參考に同定を試みる。
ルコックは寺院遺構から1km の地點に石窟が存在すると述べており、實際にこの
地域には七康湖石窟という石窟が存在する。しかし石窟は2 つの湖からそれぞれ
600 メートルと2600 メートルの位置にあり、距離がルコックの記述と一致しない。
ゆえに平面圖を用いた方法では遺跡を同定することはできなかったが、この時點
で候補地を2 つまで絞り込むことができた。


圖16: Chikkan-Kol の現在位置。ルコックのTschyqqan (ƒïqqan) Köl 平面圖との對比。
左上の白點は七康湖石窟の位置を示す。

5.4.2.3 寫眞照合による同定
 そこで次に、ルコックの報告書にある古寫眞を利用することにした。圖17 左は、
ルコックの報告書にあるTschyqqan Köl の佛教寺院遺構(圖17A)の眺望である。
その中心には特徴的な形状の遺構があり、その背景にも特徴的な山の稜線が寫っ
ている。このような風景を撮影できる地點を現地で探せば、撮影地を確定するこ
とが可能である。そこで現地の考古學者である吐魯番地區文物局・吐魯番學研究
院考古研究所所長の張永兵氏に現地調査を依頼した。この佛教寺院遺構は湖西南
に存在するとルコックが記述していることから、圖16 の北側の湖の西南部と、圖
16 の南側の湖の西南部および中心部の島の調査を依頼した。
圖17 右は張氏が北側の湖西南岸で撮影した寫眞である。細かい撮影條件は異な
るものの、遺構の状態や背景の山の稜線などの一致性を考えれば、ここがルコッ
クの撮影地點であると同定することができる。したがってルコックが報告した湖
は圖16 の北側の湖であると同定することができる。またこの場所は、現代資料で
は七康湖遺跡として報告されている場所であることから、Chikkan-kol と七康湖遺
跡の同一性も判定することができた。
さらに圖18 はこの遺構に對應する衞星畫像を示す。ルコックの平面圖に描かれ
た形状とは異なっているものの、小房が4 つ連續するという特徴はよく類似して
おり、この佛教寺院遺構が現在も殘っていることが衞星畫像で確認できる。この
ように同定した上で該當する地域の衞星畫像を分析すれば、探檢隊資料の圖面を
訂正することも可能となる。


圖17: 左:Tschyqqan Köl の湖西南岸にある佛教寺院の遺構。Chotsco, Tafel 70,
CHOTSCHO, k. 右:現在の七康湖西南岸の遺構(2008 年9 月9 日、吐魯番學研究院・張
永兵氏撮影))

5.4.2.4 同定遺跡の周邊
 ここで再び圖14 の平面圖に戻ると、同定した遺構を基點として周邊を探索すれ
ば、その周邊の遺跡も芋づる式に同定していくことが可能となる。圖16 は遺構A
を基點として推定したB の位置を探して發見した遺構である。形状と位置から考
えれば、これもルコックが記録した遺構である可能性が高い。またC・D に相當
する位置にも何らかの痕跡が見えるが、この場所は衞星畫像が不鮮明であるため
同定はできなかった。しかしこうして周邊遺跡へと同定の範囲を廣げていくこと
で、所在不明遺跡の存在などを明らかにすることができるため、今後の調査への
手がかりに有用な情報が得られる。


圖18: 湖西南岸の遺構の衞星畫像 (42±57013.7600N, 89±35049.4500E)


圖19: 湖北岸の遺構の衞星畫像    

〔10〕[12] p.11, Tafel. 51, Statuettenköpfe und aus Ungebranntem Ton oder Stein, a, b, c, d. Tafel 70, Chotscho, i, k.

2021年11月5日作成
2021年12月6日更新

地図

  • スタイン地名 - Innermost Asia / Kara-Khoja
  • 未照合
  • ヘディン地名 - Central Asia Atlas
  • 照合済み
  • ドイツ隊地名 - Idikutschari
  • 未照合(画像カードあり)
  • 黄文弼地名 - 塔里木盆地考古記 / 吐魯番考古記
  • 照合済み(画像カードあり)
  • DSR地名 - 写真でつなぐシルクロード
  • 遺跡カード

関連カードグラフ

遺跡カード

画像カード

画像照合カード

地名カード

地名照合カード

文献カード

キュレーションカード