国立情報学研究所 - ディジタル・シルクロード・プロジェクト
『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ
|
|
カラー画像サムネイル -
目次 -
ページ番号 -
書誌情報(メタデータ) -
キャプション -
カラー画像 -
白黒高解像度画像 -
見開きページ -
グラフィック -
引用情報
OCR読み取り結果
西域は是れ佛教興隆し三寳流通せる故地なり。殊に新疆の地たるや、印度と支那との通路に當り兩地文化の接觸
せし應にして又實に佛法東漸の衝衢たり。然れども此地に於ける教法の衰亡は匪に久しき以前にして往昔の狀況
とを知るべからず。予嘗に此地に對する學術的踏査の忽諸に附すべからざることを感じ、逢に英國倫教に在り、
今や東亞細亞に對する機會に當りては之を獲んとして所謂中央亞細亞に對する素志の久し。這次は治せん三五年八月予會倫
自ら放山に鷺らんとする別に人を派遣して此疆途を利用して新疆の内地を訪ねはじめたり。試に
の西域の聖蹟を歴訪に愈必要なる旅程の概要を摘鑄すれば左の如し。
究の三大に於ける旅行には予渡邊信賢雄本の如し。
この兩必要なる旅程の概要を摘鑄すれば左の如し。
第一囘の旅行には予渡邊信賢雄本の如し。
五日オシュに至りテレク嶺を越えて裏海堀岸のパークに入りしは同年九月なり。次でサマルカンドゴーカンドを
經て倫教を出發し露園と を合せたる一行五人を以て明治三十五年八月十
に入り。各地の學蹟は本邦上弘圓を訪ね左り路を轉じて慈嶺中の一都會たる塔什克術堂に向ひカシュガルに
び重に印度を越えて再び葉爾羌に歸れり。又渡邊暫信賀嶺越の二人りはプンザ井に過ぎて和闐の流に沿ひ一行と
ダルを越えて各地に於て訪ね本邦に取り和闐に歸れり。路を過ぎて北方に入り塔什克術に於て和闐の流に沿ひて一行と分れ十一ガン
二十二日なり。兩人は此地に於て路を越えて更に東南に取り明治三十六年一月二日和闐を出發し三月
う十二に喀噶爾を達す。それより向ひ西方に轉じ烏赤吐に經て二月二十日再び喀術に歸り四月二十三月
五日庫車に到著す。一行は此地に留まること三箇月以上にして前の瑪拉什を經て阿克蘇及び拜術の踏査と發掘を試み後去
三日庫車を過ぎ喀密を經て赫色勒番伯什克遜に著す。此地に於ても赤色勒番伯什克遜に著す。
事せり。八月十一日此地を出發し克術勒を經て甘肅省に入り托克遜に至り九犬で吐魯番に著す。時に明治三十七年二月二十九日なり。一行の北京
て烏魯木齊古城を過ぎ喀密を經て甘肅省に入り、達に西安府に達す。之に從事せるは橘瑞超野村榮三郎の二人なり。一行の北京
第二囘の旅行は明治四十一年より同四十二年に互り之に從事せるは橘瑞超野村榮三郎の二人なり。一
1
.
.
.
.
|
7
8
9
10
11
.
.
.
.
|
.
.
.
.
23
.
.
.
.
|
.
.
.
.
43
.
.
.
.
|
.
.
.
.
63
.
.
.
.
|
.
.
.
.
83
.
.
.
.
|
.
.
.
.
103
.
.
.
.
|
.
.
.
.
123
.
.
.
.
|
.
.
.
.
143
.
.
.
.
|
.
.
.
.
163
.
.
.
.
|
.
.
.
.
183
.
.
.
.
|
.
.
.
.
203
.
.
.
.
|
.
.
.
.
223
.
.
.
.
|
.
.
.
.
243
.
.
.
.
|
.
.
.
.
259
260
Copyright (C) 2003-2026
National Institute of Informatics(国立情報学研究所)
and
The Toyo Bunko(東洋文庫). All Rights Reserved.
本ウェブサイトに掲載するデジタル文化資源の無断転載は固くお断りいたします。