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0074 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 74 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000267
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欧で元史研究に多大な業績を挙げた、人スプレットシュナイダー(Bretschneider)は元史本紀に西紀一三三一年
(即ち交宗の至順二年)翰林院に命じて元朝の制度に関する文書を集め、唐・宋會要を例に倣って編著せしめたこと
が見えると述べて居るけれども、余の知る限りに於ては、この年にかゝる記事は存しない。今諸書に就いてこの書
の編纂に関する重なる記事を台集してその始めを考へて見ると、元史交宗本紀に

〔天暦二年九月戊辰欽〕翰林國史院官同至閣學士、采輯本朝典故、準唐宋會要、著爲〔麗世大典〕

と見えるのがこれに関する最初の記事で、元史類編も皆これに従って居る。但し両書ともに戊辰を丁卯
に作つてをるのは、この類編の著者が卯の下に倣かに五字を隔し、而して新編は
それに據つたにに過ぎないのであらう。この欽は言ふ迄もなく、この前月即ち八月に復び即位した交宗の發したもので、
邪珂博士がこれを間宗に帰したのは偶然の誤に過ぎないと思はれる。ついで同紀至天暦二年即ち至顺元年の條には

春正月丙辰趙延・虞世安、飭纂倣皇朝經世大典、事。

と見え、また趙世延傳〔元史卷一百八十〕にも

至順元年詔世延・虞世安〔元史卷一百八十〕、纂修皇朝經世大典〔一

と見えて居る。 歳集等の傳には、この事実は詳らかに記されてゐるが、それについての年次を掲げてゐない。思ふに經
世大典を脩むることは去年辰に詔せられた所であるが、それは交宗復び即位した翌月のことでもあり、また単に翰
林院や至審閣に詔してその纂修を命じただけに止まって、なほ責任者も定まっての時かく定める
ことになったものと思はれる。然るにこの事業は如何なる事情に依りてか、更角進歩しなかったものと見えて、同

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