National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0215 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 215 (Grayscale High Resolution Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

見ゆるが如く〔貞委群〕契忠・渾・思結の三部と共に、舊來の住地を去りて、甘涼の間に徙らざるに至り
しが如し。此の事實は竊り新唐書に記さるゝのみならず、突厥の壓迫を受け、放天寶末、取勢駐比充索水軍騎士」と記せり、
部落諸部の闘徒と事情を一にしたるものなるべき道を疑はず。此の事件が武后の治世中の何時に相當するかは、必ず新唐書に示せる如く、次篇に述べたる、開元年間に於ける回鶻以下
は、北方諸部の闘徒と事情を一にしたるものなるべき道を疑はず。此の事件が武后の治世中の何時に相當するかは、
は明かならず。唯だ鬱竅の爲に壓迫をを蒙りたるに基因するといへば、天授年間(六九〇年)以後に於ける、獨解支の
治世中の事情を、茲に至りて其の本據地を棄て、甘州涼州地方に移らざるに至りしと雖、然
此の如き事件は、か回鶻部長獨解支は、注意すべきは、回鶻の一部分に止り、他の一部分は依然として舊來の地に在りて、新に突
厥の勢力の下に附位に即き、復仇の爲直ちに回鶻の一部分に止り、他の一部分は依然として舊來の地に在りて、新に突
たる後、獸騎連可汗位に即き、復仇の爲直ちに Seling 河の下流に進み、Toγuz Oγuz を撃ちしかば、獸騎の殺され
tlilir(獸利發)は數百人と共に東方に(逃れたり)と記さるゝによりても證せらる、所なるが、唐貞觀經略副使赤水
續き)

「在磧北者、自則天後、並皆獸竣役屬、仍別立都督、以統之、獨解支亦、子伏帝伽立、爲河西經略副使赤水
軍使」

と記して此の事情を述べ、獨解支以後、回鶻は南北の二者に別れ、各々首領を立てたるものなることを明かにせり。

一七七