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0233 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 233 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000267
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同羅(Tongra)といふものは鐵勒九姓中の同羅部の一部が、安祿山の軍中に收められたるものを指せるものにし
て、唐書同羅傳に「安祿山反、勒其兵用之、馳曳落河、」と記せり、唐書同僕傳には前に掲げたるが如く、此の時可汗自ら將として唐を援けたりと記せど
も、郭子儀傳には此の事件に關して同紇首領葛邏遞支といふものの名を擧げて、可汗自ら太原方に出で、然る後范陽を襲ひ、「會廻紇三騎來至范陽、范陽
が如く、賊將尹子奇が五萬の時間の軍は先づ河を渡り、更に江淮地方に向はんとするや、「會廻紇三騎來至范陽、范陽
史思明傳によれば、賊將尹子奇が五萬の時間の軍は先づ河を渡り、更に江淮地方に向はんとするや、而して接境にも向ひ太原方に
閉門二日、賊後向太原、子奇行衆里、以救之」と記せり、又其の部略をして唐を援けしめたるものと見
はず、其の子をして之を擧ぐるに當れる慰めれば、此の時に於ても、亦に追ぶるが如く、可汗は回自ら其の軍に従
認むる能はず、此の忽年間賊大軍を發して唐を援くるに當ても、亦其の部略をして唐を援けしめたるものと見
る為以て當れりとすべし、されば通鑑が至德元年十月の條に、ここに述べたる尹子奇の行動を続きに「會
回紇可汗遣其臣葛邏遞支、將兵入援、先以三千騎、乞范陽城下云々」と記せるは、思ふに當を得たるものなり
す。

此の如く回僕が唐の爲に力を盡しは、僅に肅宗即位の年なる至德元年に始まれりと雖、此の間の援助は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
て賊勢を摧くには至らず、其の能く兩京を奪ひ、唐の國運を復するに至りしものは、實に此の間の運勝は未だ以
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て賊勢を摧くには至らず