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0426 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 426 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000267
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書中 Or. 8212 (116) に tängri ilig uïur ya (̈jan?) となる語あり、又 Salemann, Manichaica I. 197 にも出づ)。

〔三四六頁以下にて〕Toquz Oyuz と九姓同名の欧州諸学者の説を紹介したる中、
且たる者は Oyuz は九姓より擬せられたるが故に Toquz Oyuz と称せられたるものと、
Thomsen 氏は Oyuz は九姓よりも擬せられたるが故に Toquz Oyuz と称せられたるものと、
Oyuz の名は Marquart 氏は、政治上の中心点たる九姓(Toquz Oyuz)を構成なりと良、Toquz
なるものとして、従って漢史の九姓同個個(胡聯盟等)相当する九姓を論述せり、其の間に生じ
突厥碑文にて存在する無き名称としたるのなり、ⅡⅡ Toquz Oyuz として記述せるものと全く同じにして、其の間突厥碑文(Sine-usu 正面第三行及び同第 II. E. 34
すべきを記述せる存在する無き名称としたるのなり、然るに Oyuz なるものなく、碑文突面第三行に及び同突厥碑文(Sine-usu 正面第三行及び同第 II. E. 34
ともあり)と結びて現はるる固き八姓〔Bükägük〕Tatar(toquz Pïr……この各既に彼追及せり、タメ S.
Oyuz(チャクルド)には彼前なるは〔Bükägük(?Bürgük?)〕にて余は彼追及せり、タメ S.
淀みし時、余は彼等と戦ひて、日中に……(後等はす)集合せり、Bükägük
(?Bürgük?)には八〔姓〕Oyuz 九〔姓〕Tatar も一人も残存せさるき〕と見え、後者には「第五月に膳等は会
(?Bürgük?)には八〔姓〕Oyuz と九姓 Tatar は悪く来れり、後者に Jilun-kol よりも Siphas
従ひ来れり、八〔姓〕Oyuz 中には膨延廃の時代に於て此の可汗の支配の
にある迄、余は余の軍を置置せり」と見ゆ、それれば Oyuz 中には廃の時代に於て此の可汗の支配の
に至る迄、余は余の軍を置置せり」と見ゆ、それれば Oyuz 中には廃の時代に於て此の可汗の支配の
ありたる Toquz Oyuz の外 Säkiz Oyuz 即ち八〔姓〕Oyuz なるものも存在したりしことと察ふさに非ず。