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0502 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 502 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000267
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た。アガの兄フサインと帖木兒との關係は、永く彼を不幸の中に陷らしめたものであった。帖木兒は兄に兇ぞれを尋ね出して計畫を共にしやうとしたが、当時フサインも既に王と戰つて敗北した結果、「行方も分かぬ落人であった。其の附近に横たはる沙漠をカレズムといふ。帖木兒は此の沙漠の中で義兄フサインに巡り逢ふた。

近くは基輦汗國の名河の下流域を其の頃カレズム國といひ、今此の兩人に従ふへるものは僅か小説的な戰が開かれた。然るに此の備かの人數を以て大膽にもカレズムの都ウルゲンジを襲撃して、一隊は終に帖木兒の妻と相乘りし、フが、彼の妻は直ちに自分の馬に夫を乘せて、自からは十二人近に打ちなされ、サインの馬は傷を受けて驚れていだまふ。彼等の一隊は終に帖木兒の妻と相乘りし、あたりの小高い丘上に退いて防いだものの、敵ふれはは主従男女を合せたての七騎、それでも一方の血路を開いて逃れはした名に負ふカレズムの沙漠と、一掬の水も見當らない。飢と渇と戻つて食ふことが同の身に迫つて来る。やつとのことで或る貧しい羊飼の男に出會つて、その恵みによれる一片の羊肉も見當らない。飢と渇と戻つて食ふことが出來た。「吾等の喜びは名狀することが出來なかった」とは此の際における彼の告白である。されど不運はまだ副撲等に繋つた。數日種なしに沙漠をさまよふて、漸やく見出した一棄村に此の後の一ヶ月をすごしたが、終には副撲を業とせるトルコ人等の手に落ちて、憔悴の苦苦に遭ひながら、帖木兒夫妻は無残にも牛小屋の中に押し込められ、憔悴の苦苦に遭ひながら、六十二日を此の中にすごさねばならなかった。帖木兒夫妻は無残にも牛小屋の中に押し込められ、憔悴の苦苦に遭ひながら、

屋と鎖とでは苦しめまい」と彼が辭まず置つたといふで居るのを見ても、如何に此の幽閉が苦痛であったかを想像す
ることが出來る。

四六四