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0687 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 687 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000267
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また密と記して居ることを注意した、此の協紀辨方書には密、波斯ではウイリ氏の抄出した所よりも詳しき記載があって、此の
名はもと宿曜経に見ゆと記し、また国體では日曜蜜勿、印度では阿儞耶といふと記してある
(Pelliot, ibid. p. 180)、今直接宿曜経について七曜の名の記されて居るものを求めて見ると、これは回鶻としてで
はなく胡名として、

   密  雲漢
日曜 莫
   晖
月曜   勿斯
火曜 鹘
   邪嫩
水曜
木曜   枳院
金曜 邪嫩
土曜   枳院

と見えて居る、金供叱譯の七曜攘炎災及び宋史徐暦志(四)には惒勿斯が曜没斯、邪嫩が邪嫩、枳院が鶻縁となり、従来學者は皆之を波斯語と認めたので あつたが、もとより同音異譯に過ぎぬ、さて密を初め此等の七曜名について
は、また宋史には昔之を波斯語と認めたのであつたが、一九〇七年にミューラー氏は Die "Persischen Kalenderausdrücke in chinesischen Tripiṭaka なる一篇を普魯西學士院の報告に出して、新疆出土のマニ教徒の用ゐる暦を紹介し、これによって此等の七曜名が波斯語ではなくしてソグド語であることを明らかにした、此の暦は一暦が三行に区劃せられて居るが、左行にソグド語の七曜名を記し、これに対應して中行に支那十干を配し、右行に亜細亜諸國に広く行はれた十二支を配したものである。さてそのソグド語の七曜名を見ると

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