National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0745 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 745 (Grayscale High Resolution Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

貞理はあつても忘・賛成することは出来ないと思ふ。支那文明よりも更に優秀な文明に接した時には彼等はそれを
摂取をもすれば、影響をも受けて居ることは前にも述べ通りである。要するに北方民族の治下に在つては漢人はそこに自分の情
態を観察してもよく此間の消息を知る事を得ると思ふ。近詐の支那の情
りをもから斯く文明を見出さず、そうして北方民族にはこれを知らなかつたのであ
る。「だから勝れた勢力を得る事になる民族は、丁度元の大宗の場合に於けるが如く、政領上或る拘束の
要はあつても漢文明に通ずるといふことが誇りであり、理想的にもあつたのである。それに已むを得ぬ自分達の固有
の文化を維持することに明を努めながらも、自然と漢文明の影響を受けるやうになつたのであります。
す、況や積極的に支那文明を尊ぶ場合には、恣く支那文明に化せられてしまうといふこ
とは極めて自然の勢の如である。

六

然るに茲に、つこれ等の諸朝廷と異つて、支那に君臨して前も達とか金とかいふやうな支那の北方だけを占領し
たのでなく、支那の全體を自分の勢力範圍に入れてしまひながら、然も支那の文明の感化を受けなかつた所の
一つの朝廷がある、是は即ち元の朝廷である。「蒙古が支那に来て立てた所の
大に異つて全く別な行き方をして居る。尤も元の朝廷に申しましても、他の北方民族の建てたものとは
支那文明の存在を否定したものでもない、それで歴史を御覧になれば、必ずしも支那文明を輕蔑したものではない、
実面には元の天子も支那の文藝學問を尊重

七〇七