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0772 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 772 (Grayscale High Resolution Image)

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doi: 10.20676/00000267
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北方民族の發展

北族の民族的自覺と文化の發達

 南北朝以來隋唐時代にかけては、北方においては突厥、回鶻等トルコ族の全盛時代で、その勢は蒙古から廣く中央アジアに及び、南に向っては漢族に對して大なる壓迫を加へた。しかしながら彼等の漢族に對する壓迫は、要するに物資の奪掠を目的としたのに外ならぬのであって、或る程度にこの欲望を充たし得れば滿足し、その以上彼等の生活に齎施しない度不斷に認められる北方人の中國侵掠の態度に至らなかった。そこに何等の變化も發展も認めることはできない。かかる態度は古代から彼等の本地の文化と漢人の文化との間に、類似にも彼等の間にも勿論盛んで、到氏五に順應しながら漢人を支配してゆく工夫を有しなかったのであって、端的にいへば、これが鳥に彼等の情態に置かれた時に常習の侵寇と生活を維持しながら漢人を支配することにおいて滿足せしめ、あった支配欲を、單に中國の饑興を貪ることにおいて滿足せしめ、それが不滿足の情態に置かれた時に常習の侵寇を演出と支配欲を、單に中國の饑興を貪ることにおいて滿足せしめ、それが不滿足の情態に置かれた時に常習の侵寇を演出したのである。

 尤も五胡時代にも北人は漢土に入りて國を經て、北朝の魏の如きも北族の一種なる鮮卑種族の建設に係ることといふまでもないが、これ等は北人とはいひ乍ら、匹に本地を去つて漢地に移り、その女化に育てられて、漢人と殆ん

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