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0083 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 83 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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の篇は泰定元年三月の記事で打切り、その以後に及ぼしないが如きである。尤もその後に接して中書省及び各行省所録の馬站・水站・牛站の各計數・種類・名稱・馬・車・船・驢・羊等の頭數の如き重要事項に記してある中書省及び各行省所轄の各路各地の站の數・種類・名稱・馬・車・船・驢・羊等の頭數を抄録したのであるが、それとても計數を挙げたのみで、大典赤七四枚右以下に載せた所を抄録したのであって、かゝる次第であるから、今この經世大典站赤門の影印して出版せらるゝ上は、元史兵志の録する所の無いことは全く断言して憚らさる所であるが、今この經世大典站赤門と会の関係は如何に

站赤の一篇は全然其の存在の価値とともに至ったことに、今この經世大典站赤門の影印して出版せらるゝ上は、元史兵志の録する所の無いことは全く断言して憚らさる所であるが、今この經世大典站赤門と会の関係は如何にあるか。

その兵部巻二三、典章三十六、驛站門の下に総べられ、站赤・使臣・殷股末孫・站戸・驛驛・鋪馬・長行馬・船輸・押運・調夫子目〔罷總目〕に分たれて居る。籠例赤・鋪馬の二目が収められてある。これ等の諸目中に見えることは勿論元年の典章中、兵部驛站の門下に、また站馬の二目が収められたのに過ぎないのであるが、經世大典はあたかも前述の如く、〔評三國言官目〕所見の『経典章・彡引漢語』の方針で編分の収録せられたのであるか、その站赤門と元史の記事には勿論前後者に目を見る所と同一になるものが少くない。併しながら両者の開纂したのであるか、その站赤門と元史の記事には勿論前後者に目を見る所と同一になるものが少くない。併しながら両者の開係は前に述べた經世大典站赤門と元史の記事には勿論前後者に目を見る所と同一になるものが少くない。併しながら両者の開係は前に述べた經世大典站赤門と元史の記事には勿論前後者に目を見る所と同一になるものが少くない。

五に全く別箇のものを収録して居る。従ってこの影響さもものでは無く、互に同一の典制を載せても、今の元典章の驛站門に

がその価値を失ふものではない。

今の元典章は元代典章の一部の収録されて傳はつたものに外ならぬから、その驛站門の中に、經世大典站赤門が出版せられても、今の元典章と共に、

四五