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0084 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 84 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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収められてゐる記事に相当するものヽ一部分より載せられてゐないことは怪しむに足らないが、逆にこの書に収め
られてゐる記事に相当するものが經世大典並赤門に載せられてゐないものヽあることはや、奇に思はれる。經世
大典の編者がその考の下に典章を取捨した結果互に別稿の根本文書に依據したものが鳥であらうと一應は
承認し得られる所であるが、然そこには互に別稿の理由の存するものがあるやうである。それは兩者を通讀し
て見ると自然に感知せらるゝことであって、即ち經世大典に記してゐるのは、多くは中央の官衙官人より上奏した
と思はれるとこであある。元典章には地方の行省その他官政院から兵部に移したことに關して居るのが少からず見受
けられる。例へば至大四年三月二十三日に、站赤の業績を通政院から兵部に移したことに關して居るのに、經世大典には
この日中書省が奏してこの遷びにしたことを記して居るのに、元典章には、至大四年七月に中書省が上奏して聖裁を得た江西行省が云々として記され
を推けたところが、此の記述は同一事の記達についても、兩者の依據した文書の種類に相違があったとこから起
て居けたものと見るのが適当ではあるまいか。
なは注意すべきことは、同一の文書に據つたこの明らかなものでも、兩者の文體及び記述の間には著しい相違
が存することである。これは元典章とはいゝ、勿論原文と蒙古文の形を褒して漢文體とし、その間に原文の意旨を傳へよ
たのであり、經世大典はそれと比すれば遙に原と蒙古文の形を成るべく忠實に譯出しようとし
うとしたが爲に外ならぬ。今一例を擧げてこの點を明らかにして見よう。

四六