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0096 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 96 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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であったとかいふ鴈でなかったことは明白で、その証拠には、この年十月二十三日御史臺の奏上した所に據ると、各省に於て站の經營に任ずる站戸は兵部の管轄になったことを喜んでその感に感じ、以後もこれを更改せられない
やうにと希望してゐると見えて居る。即ち經世大典站赤五に
〔至大四年十月二十三日御史臺、監察御史自各省來。沿路經過通驛傳。得㫖許之謂。皇帝登寶位罷。此会兵
進鷹・犬・希望感恩。永得㫖安寧。革㆓通政院㆒。而任兵部。比之前時。言之是矣。使馬少肥。戸亦緩。已後若不㆓更改㆒。此会兵
部管領。即吾曹感恩。此如兵部が驛站を管掌したことは従来の情事を採り、人皇を得たる延祐七年に居たと思はれるに係は
らず、通政院が復活して蒙古站を管理することになってから九年目、英宗即位の年の延祐七年に居たと思はれるに、その管
轄の範囲は更にまた廣大せられ、再び奉く漢站を管理することをも掌ることになった。即ち經世大典站赤六に
〔延祐四年四月〕二十九日参議速速奏。昨奉㫖。令㆓可依㆒遣政院兵部所㆓舊制㆒。惡歸㆑之通政院。管㆓站赤縁由㆒来上。今謹遣㆑之。
聲罪日。世祖皇帝時。達魯人站。通政院管㆑領。今可依㆑前㫖。一令㆑通政院領㆑之。
と見えて居る。同㆒篇に宋宗相枯帖木達㆒。不章政院拜使奏食の言を嚴せた中に
至元七年設立諸站都総領使司。十三年改陞㆑通政院。管㆑領㆑漢人水陸站赤。
と見えて居る。同日十一日中書右丞相㆒。不章政院拜使奏食。上曰。可依㆑前㫖。一令㆑通政院。
〔同㆒五月十一日中書右丞相枯帖木達㆒。不章政院拜使奏食。上曰。可依㆑前㫖。一令㆑通政院領㆑之。
院止領㆑蒙古站赤㆒。延祐七年又併重㆑之。至大四年以㆑漢站㆒隷㆑兵部㆒。本
というてるのは、以上述べ来った站の管理に關する中央機關の沿革を約述したに過ぎない。この後元の世を終る