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0105 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 105 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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また之を改めて、凡そ政治は世祖の定制に従ふといふ口實で、州縣官の管領を廢し、各路渾魯花站及び総管の奏調に見える通りで、泰定元年三月日の通政院使同知不顔兒奏顔等の奏をして站赤を提調せしめることになつた。但しこの奏には、至治三年英宗が五豪に幸した時に、左丞速運や同知不顔が健議して、州縣に見える站赤を提調せしめることになつたと見えるけれども、元史にはこの年英宗が五豪に幸したことは見えず知りその前年、即ち至治二年のこととして記しておるから、或は二の年次の誤であるかと思ふ。管理の実施上の便利と之を要するに、かねて繰返された各地の驛站管理に外ならなかつたと思はれる。何となれば前に述べた如く管理の質際上から言へば、直接各地の行政を掌てる州縣官にこれを委ねることが便利であることは無論であるが、然も各驛站には各種の糧食・馬・牛・薪炭の類を始め、繁雑な物資が常備せられ、その為に站戸の通りであつて、これを通院や驛站官の他の無く無き貪求の目的となつたこと屡々記録に見えるのであつて、特に居民管民官にこれを管理させ、これを各路に布告して驛站を設備の不足を見ることにして、この便利を捨て、併しながらかくすれば民に供することを管理させ、徵収を驛站を監督することに力めたのであるが、州縣官はその所管外の站戸に對してもまた驛站の管理を州縣官の手に移してこの管理提調することにして、この弊害を除くことに当るのである。

するので、矢張り站戸の疲弊の生じると共に、州縣官はその所管外の站戸に對してもまた驛站の管理を州縣官の手に移してこの不便と負擔重加の弊害とを無からしめようとする結果となつて来る。そこで更にまた前記の有様に立ち返るので、またもや同一の改正を試みることになり、かくて同じ次第を幾度も繰り返したに外ならなかつたと考へる。

元朝驛傳雑考

六七