National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0135 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 135 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

未だ大に設達するには至らなかったから、従って符牌の數も少かったこと、であらうし、三には当時常識が不備であつた爲め、これに關する記載の後世に傳へられるものが少かった等、諸鎭の事情によってこの牌に關する記事が甚だ少いのに外ならない理由であらう。從って前記元史斡離辭傳に記してある金銀字海青圓符の記事、余は寧ろこの記事に信頼して、当時の事がないという理由だけで、これを信じ得ないとすることは是め難いであらう。これが存しないものと見るよりこれに附加して置きたいことは、蒙古の牌は遼・金等の制に系統を引いて居るものであること疑無きことであるか
らして、この海青牌というものも、或は旣に蒙古以前・遼・金等で用ゐられて居ったものを盲從し、旣に太祖成吉思汗時代から蒙古に行はれて居ったものではなからうかとして、後日の研究に待つことにする。〔編者注二〕本書別項の「成吉思皇帝盲牌」を參照されたい。

文獻を搜りあてることが出来ないから、暫く疑問として残し、後日の研究に待つことにする。

八  海青牌の名稱の由來と形狀

海青牌に金・銀及び鐵地質の積別があったことは旣に府内博士の述べた如くである。而してその全體の形が前に見た諸牌の如く長鎭ではなくして圓牌に外ならなかったことは当初より圓形なりしものと推測せらる〉と説き、
條に、「製鐵鐵泝青圓符」とあるを引いて「すべての海青符は当初より圓形なりしものと推測せらる〉」と説き、
夏に永樂大典卷一萬九千四百十七所收、經世大典詁赤二には、中統三年四月七日の條に、

元朝驛傳彙考

九七