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0154 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 154 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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ール註『ルコポロ旅行記』第一卷四一〇頁)と。又慈察の世佛蘭西の聖ルイ王より蒙古に使せしブルキー
(Rubruquis) は蒙古の驛舍を稱して「ジャミアム」誠は「イアム」(Jammiam; jam) と記し、「カソリック」教の
宣教師にして、元の女家の代に来りサドリク (Odoric) は之を「ジャム」(jam) と呼べり、但し以上の「ヤム」
プ・「ジアム」等は特同一語を寫せるものなることは明らかにして、但し其間に少しく
音譯の相違あるのみ。明の太宗の時サマカンドのシィー「カーロク (Shin Rokh) より遣されし使節の紀行に、明の
驛舍をまた「ヤーネ」(jam, khane) と記せり、「カーナー」(khanai) は波斯語にして、これに隣意ありしと見さる可
寫するものなれば、「ニウチ」は蒙古時代の儒(成吉思汗時代の譯(成吉思汗實錄)に隣者のことを記して「チャ
らず。有名なる蒙古史「ヤム」なる語は、即ちチァン(那珂博士譯)なる文字は、此の「ニウチ」或は「ヂャム」
と云へり、「トルコ」語中に存在せり、されば站 (Gian) なる文字は、此の「ヂャム」とは漢語驛馬の對音なりと云ひたるが如きは、共に本
東方の「トルコ」語中に存在せり、されば站 (Gian) なる文字は、此の「ヂャム」とは漢語驛馬の對音なりと云ひたるが如きは、共に本
ものとも見るべく、曾語中にポーチェー (Pauthier) は支那語の站赤の站を寫したるものなりと云ひたるが如きは、共に本
シュレーゲル (Schlegel) 氏が之を駁して「ニャム」なる女字は蒙古語・土耳其語等の「チ」の語
末を顧倒せる議論なりと云はざる可らず。『元史』に見ゆる站赤の站は或は行ふものを示さんとする時は、その事物の語
(ii) に當るべきものにして、此等の語にては事物を司るものは或は行ふものを「ホニ」と云へば、羊を司るものを「ホニ」
尾に「チ」なる語を付するを常とす。例へば蒙古語に羊を「ホニ」(honi) と云へば、羊を司るものを「ホニチ」
(honiti) と云ふが如し。此の如き例は『元史』について類例を求むるも其の數極めて多く、彼の女史を司どるも