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0155 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 155 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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のを必閑赤と云ひ、軍を司どるものを元剌赤と云ひ、廐集を司どるものを普賽赤といふが如きは皆之にして、かの
nomina agentis といふもの郎これなり、されば站赤とは驛務を司どられるもの、或は驛部に外ならざるべし、倘
との意なるべきに、『元史』に此の二語を以て「驛傳之譯名也」と説けるは思ふに之が轉訛によりて過するもの
ほ此の語について考ふれば、此が史上に存するより以前、匹に拓跋親人皆威質と云ひ、此の語を用ひ居りたるこ
とを知り得べきこと之可なり、之が「南齊書魏虜傳」として拓跋親の言語を録して「諸州乗驛人皆威質」と証明し得べきとも
は「ヤム」(Jam) にして、之が「ヤム」等と同一語なるべきことは首肯學上よりも蒙古語(或は
に、今日滿洲語に存する「ヤム」に驛なる語等と比較して斷定し得べきこととなれば、匹には北親にても蒙古語「ジャム」
「ヤム」と同一系統にして、其の古き形に屬する驛の意に用ひ居たるものなることを知り得べし。而して威質
の眞字は即ち站赤の彼等の儕士撥張の大事業と相當すべき言葉なること論を俟たず、かくて此の語は諸國に傳へられて、今日に至るも倘は此の地に
ム」と云ひしより、彼等の儕士撥張の大事業と相當すべき言葉なること論を俟たず、かくて此の語は諸國に傳へられて、今日に至るも倘は此の地に
此の言葉の存在せるを見る。即ち露西亞語に驛村を「ヤム」(Jam) といひ、驛夫六、馬丁を「ヤムチク」(Jamtchik)
と云ひ、波斯語に驛舍を「ヤム」(Jam) といふが如きは之なな。

如此站赤なる語は本來の「ヤム」(Jam) に非ず、されば元どびて明興るや、站赤の語義既に支那語に譯されて、其
た此の名稱を廢ひて今日に至れり、站の語義既に此の如きを以て茲には主として元代の站に關することを記し、清朝赤
の前後に次びては必ずしも詳述せず、別に設けられたる「驛傳」の題下に課れり。