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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0170 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / 170 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000267
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一三二

最も確かな史料と見敬さねばならぬのであるか、今此の如く、所謂素金牌の一種と認められるものゝ上に、全くその記事と合する漢字を刻した牌札が發見せられたのは、この書の史料としての確實性を保證することにもなり、快心の事といはねばならぬ。(編者云、この牌はいま京都大學文學部東洋史研究室の所藏に歸しているが、同時に出土した他の一面が天理大學の所藏になっている)

女中初めに「天賜」とあるのは、天の賜へるとか、天より賜へるとかの意で、成吉思皇帝に歸るものと思はれる。

蒙繕祭祀天地、毎事必稱天
其俗最敬天地に

と見え、そのを始め、當時の蒙古人が敬天の念强く、事々物々これを天力に歸したことは著聞のことで、更めて説くを要しない。それで成吉思皇帝の名の上にも、天から賜へるといふ語を用ゐるために外ならぬ。併しながらかゝる用例は、獨り蒙古人の間に正常の見解であるのではなく、北方民族の間には古來慣用せられたことで、蒙古では寧ろこれを慣用したのであるから、二の例を掲げてこれを證明するならば、史記の何奴傳に、頭顱單

于漢の交帝に見るの書を載せてあるのに據ると、

天所立秦奴大單于敬問皇帝無恙

と見え、また次の老上單于敬問皇帝無恙

天地所立、日月所置何奴大單于敬問皇帝無恙

と書く體例を定めたと記されている。また隋書突厥傳に載せたる沙鉢略可汗から隋の高祖女帝に致した書には、自