National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0179 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 179 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

て居る、然るに秘史の此の傳説は元史にはまったく見えないで、後者は太祖成吉思汗の十世の祖孛端叉兒り筆を起し
て居る、そして字鎖を兒の生んだという傳説は元史にも見えて居るのである、内藤博士は此の同父兒の降誕を以て始まる系統を
・女貞等に通有な一種の傳説の存することに說いて「蒙古族が突厥族と接觸せる以前に、其の說を蒙古族に附加したるものなること疑なし」と
異にした、かの狼尼傳說は、自分は此の見解に從ひ、歴史編纂の當時旣に、トコ族の開國傳說を覆取して同樣の性質のものが有得ると思はれる資料に供したいと思ふ。
斷ぜられた、他のあらゆる秘史に見いても同樣の性質のものが有得ると思はれる資料に供したいと思ふ。
あると認め、就いて秘史に見いても同樣の

記史の年次の附け方に於て人の注意を惹くものは、十二支獸の名稱を用ゐて居ることである、抑も此の方法は能
く知られて居る通り、古くからトルコ族の間に行はれて居たことであって、唐書黠戛斯傳に據ると「訓覺賀茂師
貢、以三哀居一時、如歲在寅則曰虎年」と見え、変厥でも然りしことは、オルコン碑文の如き動か
す可らざる證據があり、⑩ 回個でもまた同樣であった、さて蒙古でも十二支獸の名で歲を紀するについて、太宗の
時蒙古に使してその風物を見たる彭大雅が、黑韃事略に記して居る所を見ると「其正朔爲一年、新月初一則爲一月、
今用六甲輪流一日度三十歲漢人取丹女貞教之、若韃之本俗初不理會得、但是草青則爲一年、今日辛巳朔當日大宗の
人間に「去年春埃每見其所行女貞數靑章」といひ、また孟虎が蒙古開國傳說に記して居る所によると、その國歲の
條に「去年春埃每見其所行女貞數靑章」といひ、また孟虎年號曰兒兒年龍兒年、自去年方改曰慶辰年、今日辛巳年是也、又爲

元朝秘史に見える蒙古の文化