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0189 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 189 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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べて蒙古語であるとは考へられない譯である、今更に進むでかゝる考の下に説明すべきであると思ふ二三の語を
秘史の中から擧げて見る。

秘史の第十二巻に太宗皇帝牙兒の驛站を設けた時の詞が見えて居て、中に驛馬を司る人の義に元朝阿三の語を
用ゐられてある、今の蒙古語の交語で dlāgha といひ、口語で dla といふものは即ち驛馬の義に元朝阿三は
純粋の蒙古語と思はれるかも知れないが、トルコ語の古いものを調べて見ると、給 慈
恩傳卷一に見ゆる鶏交泰が為に突厥の護可汗に致した書中に「覊可汗如慣奴」仍諭勒以西語國、此の語が存して居る、
落而、逃出拔一とある、此の陽客語といふのは即ち蒙古の義に突厥語中 dlāghu、 dla の形で明
かで、突厥に匹に關傳の制度の存在することを証するものであるが、現今もトルコ語中 dlārtci ulak ulay の形で Tar-

Kom. Dsch. Osm. Sütt. Olt. 等の方言中に用ゐられ、ウイグル語にも ulartci として用ゐられて居る(ibid. 145 vol. al.
とし、行く、道、行歩(gehen, wandeln, Gang, Weg)等と縁故を有するのでなければならぬ、恰かも二に語原
(Rad. ibid. 1. 1680)而して此の語のエチモジーは Vambéry の設けるが如く(ibid. 145 vol. al. 等に語原
べる札木臺と同様の關係である。

「驛史の前と同じ一の場所に於ては今の蒙古語に見えないやうであるけれども、驛の事務を司る人の義に用ゐられてある、
る語は驛の意味に於ては今の蒙古語中に存しないやうであるけれども、驛の事務を司る人の義に用ゐられてある、札木(jam)な
という(Ql. R. 1 note. 523)元代に站(chan 'cham)なる字を寫し、Marco Polo の yamb と記して近代活用語あれ
これに外ならぬ(ql)と嘗て拙著蒙古驛傳考に論じた通りである、白鳥博士は更に東胡民族秦威貞の項に於て托鉢織で

元朝秘史に見ゆる蒙古の文化