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0211 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 211 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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月を示し、龍朔元年十月の條に「囲乾竇長婆囲死」と記り、通鑑の此の年月は如何なる資料に依據したるものな
るかは明かならざれども、而して新唐書廻紇傳には「龍朔中婆固死」、舊唐書契
討方僕固等」と見え、面して新唐書本紀には「鄭仁泰が此の征樊を命ぜられたるの龍朔元年十月の事とし、舊唐書契
は龍朔元年十月以前の事にして、從て龍朔の如く此の中に記さるゝ婆閉の死のことと見さる可らず。此の時比粟書以前のことを記すに至りし
婆閉に繼ぎしもの唐書には前記の如く比粟書と見え、通鑑の考異には「新唐書傳二、册歴元龜纔幾篇、今從售傳」として姪比粟書と記せ
り、唐、此の會葉には子比粟葉とし、通鑑考異は「乾校刊」舊鑑考異に記するは、唐女子の傍貸の立字比粟と記されたるが如く類似の求む可らさるとする
も、此の中今本「乾校刊」舊鑑考異の記するは、必ず姓の誤にして、通鑑考異の記するは、而
して今本新唐書囘鶻傳の比粟と通鑑考異風の記するは、父舊本には比粟と記されしものにして、舊唐書及び册府元龜に同
様に粟字を用ゐたるよりすれば、比粟を以て正しとすべし、從て唐會要間に比粟葉と記さるゝ粟字も粟字の誤と見る
べく、而して其の來字を忘ふに彼の(○)比粟は忘ふに彼の(○)比粟は忘ふに彼の(○)比粟は只だ
れかに外ならざらん、Schlegel 氏は比粟を以て、果して然らば後間に繼げるものは姪比粟葉か子比粟葉かの何
此の名が人名として出でたる形の用ゐらるべきや否やも疑問に屬す、Bilr wissam なる名は後間に寫んとしたるに止まれるのみならず、此の如葉は只だ
なる形が人名として出でたる形の用ゐらるべきや否やも疑問に屬す、Bilr wissam なる名は後間に寫んとしたるに止まれるのみならず、此の如葉は只だ
此の邊裔典に出でたる形の用ゐらるべきや否やも疑問に屬す、Chuanins(○)も有唐書廻紇傳の一節の翻譯にして
只だ之を Piroution と音譯したるのみにして、何等の考を附せず、今は比等の兩者の何れが正しきかに就とては

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