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0237 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 237 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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(葉護と投)とを置きて統治せしめたること

天寶十載(庚の年、七五〇年)には又 Clik を討ち、Irtysh 河(Yenisei 河の上流)に戦ひて之を降し(々)たる

こと

(稽督)Lachana(元鈔々)、Tarkan(堂年々)等の史を任じ、次で葛邏祿の役使をも(Orkhon に遊撃して之を
破り、其の後天寶十三載々(元鈔々)の年、七五五年の前年の記事々)の事と思はる、記事には、此等の Clik、Karluk
両部を亡ぼしたること(々)

碑交の中略は疑義無しと思はる、意句を拾集したるものなるか、此の以外にも勝
等を記せり、茲に掲げたる所は、次第を記せり、然も此等の記事は残闕せられど、其の関係を明かにする能はず、
延嶺が語り、茲に掲げたる所は、次第を記せり、然も此等の記事は残闕せられど、其の関係を明かにする能はず、
延嶺の戦役に従事したる部名も見え、之と同個々が攻撃せしことは北方語部族との戦の間に過ぎされたるものとなるを知る可

Kirghiz、Tardus 等の部名も見え、之と同個々が攻撃せしことは北方語部族との戦の間に過ぎされたるものとなるを知る可
く、此の新史料の示す所によれば、磨延嶺の一生は殆ど全く北方部族との戦の間に過ぎされたるものとなるを知る可
く、其の記載する所にして事実を誤らずとせば、其の交叉縦が略ぼ阿爾泰山脈東、興安嶺山脈以西の地に亘りて

勢力を占めたる後を受けて、従はざるものを討ち、Salmga・Orkhon 流域地方を始め、Yenisei 河の上流及び Irtysh 河地方に亘り、一戦眼し、
叛する者を討ち、従はざるものを闘し、かくて回間の勢力は金、強盛となるに至りしものなるが如し、北方の事
情此の如しとすれば、両方唐間の関情大に顕れ、其の異卵の形勢は、回個が勢を挙げて乗ずべき絶好の機會なしに
も拘はらず、可汗は親から其の事に従はず、僅かに子弟部将を遣して両下せしなるに過ぎざり理由も、初めて解

一九九