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0246 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 246 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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と記し、新唐書同傳にも

 德宗立、使中人告奏、且修好、時九姓胡可汗入寇、可汗惑師尚憂、且使者不爲禮
と記せり、此の前年(元暦十)回鶻の軍は旣に太原に寇し、侵掠を擅にせし、縦に張光晟の防戰によりて退くるを
得たりしなれば、此の年代宗の喪に乗じ、遂に立ち可汗親ら師を率ゐて大擧南下を企つるに至りしは、自然の勢と解
すべきが、此の際南向注意を要するに使を回個に遣して善好意を明かなし事實なれども、卒羽可汗との關係なりとす、德宗の立つや、上述の如
く使の政策に遣して善好めんとしたるは明らかな凌辱に對し、深く此の如可汗の如きは此の當時の形勢上止む得ざるに出
でたる政策に過ぎず、德宗之を退けんとしたる有樣を記して、唐書回鶻傳に卒羽可汗に
 儼ぎし頓は(後置)、唐に和親を請ふや、德宗の之を退けんとしたる有樣を記して
回個「使使者齎方物、唐に和親を請ふや、帝蓄前志未平、謂幸相李泌曰、和親相孫圓之、朕不能已、泌曰、陛下少華等孫羽可汗也、朕不能已、知陛下即位、必俱慇」
州故憐乎、帝曰然、朕方天下多難、未能戰、且毋識和、泌少華等孫羽可汗也、朕不能已、知陛下即位、必俱慇
乃謀先善邊、帝兵未出、爲今可汗所殺矣、然則此の間の消息を顯れるものなりと曰ふべし。
と曰へるも、好く此の間の消息を顯れるものなりと曰ふべし。
 依て此の計畫は舊唐書に「寧國南下、將乘我喪」と記し、新唐書に「惡師尚憂」と記せるより考ふれば、
其の規模の顯る大なるものなりしことを想像するに足るべく、ここに述べたる南下の理由と、當時に於る唐と回鶻
との國勢の相違とを併せ考ふれば、此の計畫にして實現せられしならば、その結果の史上に殘されしもの、決して
との國勢の相違とを併せ考ふれば、此の計畫にして實現せられしならば、その結果の史上に殘されしもの、決して

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