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0255 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 255 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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此等四代の可汗の時代には回鶻は唐に對しては依然として馬市の繼續によって利を貪り、唐も其の求に應じて
價を給し、かくも兩者の間は表面上和平の關係を保たるものなりとす、此の間に於て回鶻の唐に朝貢し、若しく
は五市を營みて兩唐書には、册府元龜六年、同八年、「以上兩書朝貢」同十二年、「册書本朝貢、新唐書朝貢」同
十一年〔本紀〕貢を記せり、さ、而して此の中真元六年の市篇及び同書篇には、此等の外にも册府元龜にも
同二年〔册書〕真元六年の記事には、朝貢伽達干歸著、賜馬羅絹三十萬疋
と見え、真元六年六月絹絁移職伽達干歸著、賜馬羅絹三十萬疋
と見え、册府元龜八年の記事には、
仿給市絹八年五市絹七萬疋
と見え、册府元龜五市絹篇には
八年七月給絹絁市馬、代宗の大暦八年給絹絁市馬回鶻の横暴を極めし頃に、馬一疋を以て絹四十疋に易へたりしことは前に見たるが如くな
れば、絹三十萬疋、若しくは七萬疋等の馬價は、かの「每使來不過三百人、印馬不過千疋」の約が、當時匿に行は
ず、回鶻以前の如く、頻年唐に多數の馬匹を輸して利を貪り、唐は之を拒む能はざりしものなるべきを推知
せしむるなりとす。
此の如く此の時代に於ては、回鶻は唐に對しては稍々靜謐の情態を持したりしが、一方其の西邊に於ては劇し
く吐蕃・葛邏祿等と相爭へる、新唐書回鶻傳に、真元二年〔建中二年の誤〕北庭節度使昕昕の使が、回鶻を經て長安
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