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0290 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 290 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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二五二

武、雄馳入、夜穴縋出、廬兵、鳥介驚引去、雄追北至殺胡山、鳥介被創走、雄遇公主、奉主還、降特勒以下衆
數萬、此等の記事容及所賜詔書
と記せり、盡收輸容及所賜詔書
したり鳥介公可汗は、此の時其の牙營を振武城と極めて近き處に置きたるものなること疑無し、獨り舊唐書乾傳
には
 會昌三年、姐姐僕固釋到幽州、是夜河東劉沔、率兵奄至鳥介公主歸營、并以太和公主歸幽州、鳥介去幽州界八十里下營、其副骨肉及摩尼志淳等
四人、已先入據武軍、是夜河東劉沔、週太和公主歸營、因以張仲武の許に派し、大和公主を擁して唐に歸降せんと
和公主同走、豐州刺史石雄兵、週太和公主歸營、因以張仲武の営點に来りて幽州の営點を置きしものなるが如く明
と記せり、之が爲に豐州界を去ること僅に八十里の地點に鳥介可汗は幽州の営點を置きしものなるが如く明
し、之が指したるものと認めざる可らず、而して幽州界といふ史實の考証に就きて、他の諸書に記さるゝ振武城より明
も、勿論之を指したるものと認めざる可らず、之を何處と見るも、他の地を指せるものなるかは固より鳥介の営
かならざれども、之を何處と考ふ可らず、之より八十里と幽州界に關する史實の考証に就きて、特に引きたる舊書通鑑
せる地點と一致すべきものとは思議と、此の頃の回鶻に關する一節を附論する所なれども、茲に引きたる舊書通鑑
は、不思議と、此の場合に於ては舊書を其の儘に記して、一節を附論する所なれども、茲に引きたる舊書通鑑
乾傳の一節は、他の諸書の記載と全く一致せざるものの様に見えず、又劉沔が兵を率ゐて鳥介の営を襲ひしと記せるものも、實
獨降すべきを約したることの知きも全く諸書に見えず、又劉沔が兵を率ゐて鳥介の营を襲ひしと記せるものも、實