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0291 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 291 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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は石碑の行動を誤りたるものに外ならず、されば鳥介が牛督の位置に就きても、恐らく何かの理由によりて誤を傳
へたるものなるべく、余輩はさきたりといふ幽州界を去る八十里の地を、古北口、或は大水谷の北を去る八十里の地点に於て此の文
を引き、鳥介の督を置きたりとも、此の如きは舊唐書本傳以外の史書の記載に注意を排はれざりし結果に外ならざるべく、
なんと推察せられたれども、此の如くにして會昌三年正月鳥介可汗の敗北し、回鶻勢力の根本が覆さるゝや、其の結果は直に永く唐に
余輩の賛するに能はざる所なりとす。
此の如くにして會昌三年正月鳥介可汗の敗北し、回鶻勢力の根本が覆さるゝや、其の結果は直に永く唐に
て横暴を極めたる回鶻人の上に及び、唐は始めて此等の回鶻人の處置を講ずるに至れり、售唐書本紀によれば此の
年一月の條に、武宗殿に御するや

百寮稱賀、制曰:其親乾匹以勞滅除、宜今政匠在勞除、
(一六一)條疏處分、懸處虛及京兆府、(一六二)條疏關使、以御史及東都修功德勛紀、(一六三)功
委功德使、以御史史史及京外宅及東都修功德勛紀、(一六四)
中書四下、條疏關委

と見え、新唐書回鶻傳に
謂回鶻功德使、在一京者悉冠帶之、有司有摩尼書若集、独于道、盡賢入之官
と記せるものは、即ち此の際に録したるものに外ならず、回鶻に於る摩尼教に就きては、既に
謂回鶻功德使、兩氏の論述せる所に死ると委曲を盡したられば、茲にはすべて省略に從ふべきが、其の信仰は廣り

Chavannes, Pelliot、兩氏の論述せる所に死ると委曲を盡したられば、茲にはすべて省略に從ふべきが、其の信仰は廣り

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