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0299 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 299 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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に至りしものなりとす、然れども此の計畫は遂に實現を見るに至らずして止みしが如く、此の年秋に於て、何等之
に關する記事の存するものも無し。
 唐が此の如く對同盟策を講ずる間に、烏介可汗及び其の下に在りたる部衆が如何なる行動を執りしものなるかに
就きては殆んど何等の消息を求むるを得ず、思ふに黒車子室韋の間に在りて、纔に敵黨の餘勢を保ちたるに過ぎざ
るべきが、通鑑は會昌四年九月の條に至りて始めて之に關する記事を載せたり、即ち
 帶北面招討使、宣慰思立功
 單、已相失計、據幽州奏事官、其多日來降、或目相殘滅、堅壘識事中使、聞武都、其部落言、諭以鎭撫示平昭義、惟回鶻未滅、仲武猶
 李德裕奏、回鶻招討使、宣慰思立功と相應して同盟を伐たんとしたる會昌四年九月頃には、回鶻にては上下人心相和
と記せり、此の如く黠戛斯と唐と點意斯と相應して同盟を伐たんとしたる會昌四年九月頃には、回鶻にては上下人心相和
せず、前汗以來客托したる黒車子室韋部を去って他に逃遁するか、若しくは其の地に在りて自滅を待つべき有樣
なり、しが、前汗が安西に移らんとする企畫は、必ずしも此の時初めて生じたるものには非らんしが如く、册府元龜通
好篇に前記の如く會昌三年九月黠戛斯に與へられたるものとして載する詔書中には、一片廻紇深意、嘗欲投庇安西云
 と見ゆ、此の詔書は實は烏介可汗に對して推し得るが如く、此の年九月以前に烏介
云
 介可汗は此の計畫を有したるものと見にに與へられたるものなるべきこと前述の如く、此の部下中には、却
りて唐に降らんことを主張するものもありしかば、可汗の志は實現を見るに至らずして常時に及び、而して其の勢は
盆と衰運に陷れるに過ぎざりしが如し、舊書廻紇傳には烏介可汗が和解室韋(實は黒車)に走りし後の有樣を記して