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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0318 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / 318 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000267
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は其の名を見えず、文字も朦朧せり、Chavannes 氏は通報、一九一三年二月號にて Ramstedt 氏の此の碑文の研究を紹介したるが、其の中に此の碑文は七四六、七五九迄在位の回鶻の君主の爲に其の息上に建てられるものなりと曰へり、七四六年は天寶五載なれば、尙ほ延驗の交叉點に當れり、されば此の在位年代に當して此の碑の建立年代を配當したるは勿論誤なり。

(七二) 但し南唐書郭子儀本紀至德元年、七月の條に「此の時阿史那従縄及回鶻骨の諸千騎と共に道を出で、迴圍の諸胡を遍びて行在に詣らんとしたりとせるに、舊書本紀至德元年、七月の條に「回皮誠宮同羅落五千餘人自首日、同羅落千人、七月と十一月とに懸けたり、降卽方懸」とせる事件と此の十一月の事件とを一歳きなる書きものにして、通鑑は明か「回皮誠宮同羅兩者を區別し、七月と十一月の事件を常に書きたるものと考え、始めば「應今繰三二」の草に係れる此の語は唐代には常に、伽藍は唐書回鶻傳其他にも見ゆる額十(漢)伽斯と同く「應 Bayïrku」を警せるか如し、今の Čigatai 語の刷裝語

ylänge, ein leicht bestimmter Soğut (Radloff, Versuch eines Wörterbuches, d. T. D. III. 518) 、に版故を有する語なる

(七三) 閣書成邊藩典回紀志邊考の末に附せる額十・伽斯の回紀節文節に掲げたる所に據る。