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0322 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 322 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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二八四

(一一二) 唐會要及び通鑑による、舊唐書は本紀にも列傳にも之を十月の條に記したとと、十月は回鶻の使者が來りしもの
にして、公主の降嫁の途に就きしは其の翌月卽ち十一月と見ざる可らず。

(一一三) 舊唐書本紀及び列傳に就きし(鑑乾傳)に撮る。

(一一四) 舊唐書本紀及び吐蕃傳に當比の情便のことを載せり。
      兩唐書地理志には建中元年と記したれ、新唐書地理志は、之を訂して、二年とせり、「元」字は蓋し「二」字を誤り
たるのなるべし。

(一一五) 眞元五年沙門智空が安西道奏事言鋼使等に從ひ、北庭を發して唐に歸るや、「常覺沙河不通、取題僑路」と記せり

(一一六) 多遮斯・阿攪・骨咄錄三者の僚銃は Kara Kirghiz の同族例に記さる、もの に撮れ、册府元龜封冊篇に記せり

(一一七) 書に見ゆる僚銃との僚銃は册末に較べる末に載せられば、册府元龜封冊篇に載する所用に撮れ、
      忠貫、泰誠(唐は碑文中に富末に見えざれば、皆唐より分々可汗に興べたる僚銃なり、離骨学にて記せるものは、其の原音と思惟したるものと覺
      せじめたるものなり。

(一一八) 册府元龜封冊篇によれば其の六月のこととし本紀と合せ

(一一九) 舊唐書封冊篇及び通鑑によれば其の八月なり。

(一二〇) 册府元龜封冊篇及び通鑑によれば其の十一月なり。

(一二一) 譯は里羅の二字を更に通鑑によれば、或は其の十一月に譯別の二字をとるべきものなる可く、密字行字なり。

(一二二) 罷里は里羅の誤;沿は沿の誤;密施の上に是字没字を脱したるものなり。

(一二三) 水鑑三九頁參看

(一二四) 新唐書問傳及び研究朝貢鑑は此の年間貢と記せり。