National Institute of Informatics - Digital Silk Road Project
Digital Archive of Toyo Bunko Rare Books

> > > >
Color New!IIIF Color HighRes Gray HighRes PDF   Japanese English
0324 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 324 (Color Image)

New!Citation Information

doi: 10.20676/00000267
Citation Format: Chicago | APA | Harvard | IEEE

OCR Text

〔三八〕新唐書回鶻傳にも略ほ同書の記事あれど年月を記さず
〔三九〕册府元龜和親傳にも實は此の記事のみを見
れば新唐書に記する所と異る無れど、「程宗師の次の長慶元年五月の項に、其の次の長慶元年五月使合達千等、講和親、許之」と記せり、されば此の記事のみを見
の記事を有せる等に異る篇にも見る無れど、こゝに記せるが如く、册府書廻紀傳と殆んど同關係
〔四〇〕同書本紀長慶元年五月奏奏の條に、「皇妹太和公主出降廻紇廻紇骨没換合胡可汗」と見ゆ。
〔四一〕同書本紀三四頁着。
〔四二〕唐書宰客卷十三馬の項には、之を以て此の年正月のこととせり。
〔四三〕碑文には碑字の上の文字脱落したれども、思ふに此の字は「北」字にして、而して前に述べた北庭回鶻の事に關設するものに外ならざるべし。〔三一〇頁
〔四四〕〔三三頁参考〕「入千術」の三字を Schlegel 氏は唐書西五十里に居る鐵門關〔又西〕千里至千鐵守提威と記さる、地に外ならず、
西看千術」と見え、又同志道里志にも(自薄善西五十里中に居る鐵門關〔又西〕千里至千鐵守提威と記さる、地に外ならず、
此の事は Schlegel 氏は唐書等も匪注意せり(Cn. Irade manniteen, p. 302, note 1)Devéria 氏がをトルコの地名を考、Thomsen 氏が之を「廻鑒
〔四五〕Schlegel 氏は貴珠河を支流としたれど、此の河が廻紇文の Jindu 河と同」にして、今の Sir 河即ち Yaxartes 河に相當
たる)とは特に當るを不可とされ、
〔四六〕「業護不受教令離土壤」の業護は、恐らく拔貨那の業護を指せるものなるべく、
〔四七〕唐書故難護傳に「有」と展、一謀殺、成爲謀制、一歲俟、成爲謀制、三路貢力、と見ゆ
析くの意なるべし
〔四八〕Schlegel 氏之を以て一九五頁に引きたる衛唐書廻紀の記事師ら、乾元年(七五八年)、九月甲辰、廻紀使大

二八六