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0342 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 342 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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文は漢文突厥文及びソグド(Soyd)文の三體より成り、其の中漢文を記せる佛石は破碎して大片となり居れど、文字最も好く保存せらるれば、Deveria 氏は先づ其の解釋を試みて前記 Heikel 氏の書中に載せ、其の後露西亜の
Radloff 氏は一八九二年また此の地に赴いて同一の碑を拓し、且つ其の二片を持ち歸りしが、一八九五年 Die altürkischen Inschriften der Mongolei を公にするや、駐露公使 Shi Shu King-chêng(許景澄)氏に囑して之を
讀ましゝ Wassileff 氏は之を解釋して同書中に載せたり、翌一八九六年には別に Radloff 氏の依囑により、Schlegel 氏は Die chinesische Inschrift auf dem uigurischen Denkmal in Kara Balgassun Chavannes、Pelliot 兩
氏が Un traité manichéen retrouvé en Chine の論文中に、此の碑文中の摩尼教に關する一節に解説を加へ、氏が解釋を施したり、其の後此の碑文の研究は大に進歩するには至らざりしが、一九二三年に
に至れり、兩氏の解説は從來の學者の誤れる所を指摘し、突厥文のものは其の全部に及ばずして、補正を試みたるものの、殆んど全部損はれ
紹せるものなれども、惜むらくは其の全部に及ばずして、補正を試みたるものの、殆んど全部損はれ
讀解し難く、ソグド文のものも同氏が、從來突厥文のものも其の従来員、突厥文のものは其の全部に及ばずして、
たるものの無く、ソグド文のものも同氏が、従来突厥文のものも其の従来員
見て僅に數行の解釋を試みのみしが、一九〇九年に至り、獨逸の F. W. K. Müller 氏が始めて其のソグド文なる論議に於て、Ein iranishes
Sprachdenkmal aus der nördlichen Mongolei. Das Kudatku Bilik. (Theil I. S. LXXXV) に於て、之を回鶻文と
句に就きて、譯遠を施したる外は、絶えて研究の發表せられたるものなし。
此の碑は題銘によれば回鶻の愛登里囉汨沒蜜施合毗伽可汗、即ち突厥文字にて記せる Tängridä qut bulmïš alp