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0354 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 354 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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羽汗嗣位、と記し(IV、VI、XI等)、他人の繼承に當つては「……崩後格○○可汗繼承」と記せり(※IX)、頻夏
賀達干は羊羽可汗の宻柑にして、可汗を殺して自立したるものなれば、「教化○○なる文字と可汗の繼號との間には
少くとも一個の空格を存せしむ外に、句或は此の間の事情を知るに足るべき字句の存せしものならんかと思はる。

又(第二)XII 2以下「合毗伽可汗と爲せしものの外ならざること、唐より册して保義可汗當龍潜之時……」
汗にして、碑題に見ゆる愛登里囉没蜜施合毗伽可汗XI末の「登里囉羽録没蜜施合毗伽可汗」を指せるなれ
ば、次碑(参覧)、唐より册して保義可汗と記せるものは、現存の殘石のみに完備せる保義可汗に擬せしものとすれば、碑文は
可汗繼承の廟位を慢信可汗より直に保義可汗にはぼせるが如く、Schlegel氏等の認むるが如く、若し碑文の長さが Schlegel 氏
野合供録毗伽可汗にして、之が三年間の在位の後に、初めて保義可汗の前なる合供録毗伽可汗を載せられ
て、述べたるが如く、茲に於て、恐らく今日缺けたる碑の一片中には、此の可汗の名及び死女に保義可汗の如き在位になるべしと見たり、思ふに此の碑文
は歴代の可汗の名稱を擧ぐることが極めて緊密にして、忠真可汗の如き在位に數月に過ぎざりしものをも、第XI行
に登里囉没蜜施合毗伽可汗嗣位と記せるが如きに、鑑みれば、獨り此の可汗のみを省略したる部分が散逸したるものと相違無く、
ず、必ず其の記されたる部分が散逸したるものと相違無く、而して其の部分は實にXIの文字の下に接し、「前」に
なりしこと疑無し、Schlegel氏は七十五に至以て各行の字數と見たりしを以て各行の字數は、其の直前XII にも「前」の字を補ひ、「前」に
合毗伽可汗龍潜の時に當り」と讀まれたども、合毗伽可汗なる名は、其の直前XII末節に記さるゝ登里囉羽録没蜜施