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0360 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 360 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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三三二

には必ず残缺ありて Schlegel 氏等の推察せる如く、各行は此の列を以て終りしものにあらざるべきこと、前に論じたるが如くなれば、此の考は全く当を失せざるべきことを信ず。

「茲に記し置くべきはⅫ34―36に見ゆる天可汗なる語なり、此の場合に当り……都督刺史内兄弟相……官署が奏して治世の保義可汗の龍潜の時に当り……」

中の保義可汗を指したるには非ず、「保義可汗」と記せるなれば、此の天可汗は保義可汗の前代の可汗、即ちⅪ76以下に記されたる治世中の可汗に対してのみ記述せるものと見るべく、然らば此の場合に於て天可汗なる語は前述の如く現にⅪ76以下に記されたる可汗に奉したるものなるべし。

「天可汗……」と曰へり」と記せるなれば、接続語法を以て記述せるものにはあらずと且はんも、其の天可汗の語に於ては決して二様あるに非ざるを知るべし。

Schlegel 氏の述べしが如く保義可汗の後一代を経て位に上りし昭盧可汗も亦た保義可汗と同一の徽號を有したりと雖、若し之を以て昭盧可汗を指したるものなりとすれば、従て慎信可汗の後の三代の可汗(俱録毘伽可汗)の欠けたる部分に記されたるものと見さるも碑文全部に互れる記事は皆な徽號可汗の事績を記すること多く記せることとなり、碑文の下部に残缺の存在せる部分に記されたるものとは、すべてⅪ76以上、其の残缺は現在せるⅥの終とⅦの初、Ⅸの終と敷句を以て記されたるべき此等の可汗の事績は、前に述べたるが如くなれども、Ⅹに記さるべき北庭の征討のことず、Xの初等との交織の続き方から考ふれば、然く大なるものとはⅩ以に記さるべきⅥの終とⅦの初、Ⅸの終と

は、本論に於て述べたる如く、之を保義可汗の事業(其の即位以前の事業なる(※ここと本論に述べたる如)と見にれば、Ⅹに記さるべきⅥの終とⅦの初、Ⅸの終と「するものあり、此等の理由によればⅫ以下に記さる、天可汗の事績は保義可汗に続きて記せるものなること疑無