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0364 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 364 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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羽田博士史學論文集 歴史篇

突厥貴其財力、雄北荒、自爲侯斤、稱回紀、同起性攣羅氏、居薛延陀北姿陵水上、
僕骨・同羅・拔野古拔夫、大業中處羅可汗攻齎勒勒部、哀喪其財、匹夫恐其怒、則奔頁寨數百茲院之、章紀乃抃
と見ゆ。此等兩書の記載の中、前者は〔無岩長〕より以下〔有僕骨・同羅・觚紀之〕に至る後、全く隋書鐵勒傳の抄出にして、其の
間僅かに鐵勒の文字記載の特勒と改めたるに過ぎず、又末段〔步驟(遊)驍侯斤〕と
記せるも、等しく隋書鐵勒傳中より取り来れるものにして、只だ隋書に章紀と記せるを觚紀と改めたるに過ぎ
ず、されば築するべきものに茲に抄出せる舊唐書の記事は、鐵勒と同一のものに帰して初めて同間傳として
注意を拂はるべきものとなりす、然れども同間傳と鐵勒の一部にして、決して之と同一なるものに非ず、歐洲の學
者中鐵勒の記事は鐵勒と称するものゝ一部なるも何等の価値を有するものに過ぎず
ふかく説く遠もなきこととなれば、此の記事は当部に於ては並んで同間と鐵勒の記事に誤られたるに過ぎ
新唐書の記すところによれば、同間は前車或は鳥護といひ、或は鳥紀と
いひ、隋に至りて章紀といへるものゝ後裔なりす、衰紀なる名は既に縄書高車傳に「高車……其先何奴也、其先有
狄氏・袁紀氏」と見え、又同書道武帝本紀武帝年春三月の條に「帝西征大鹿渾、驍高車袁紀(或は回紀)と記さ
れ、鳥護及び章紀の名は隋書鐵勒傳に共の中の一部族として記さる、されば之によれば唐代に觚紀(成は回紀)又
は同間(或は觚紀)と稱するものは、南北朝及び隋代に於て、鐵勒橘中の一部なる Ujur の名を以支那に知
られたるものなりとす、觚紀(Hejur)・回間(Hejur)等の文字がトルコ族の一部なる Ujur の語を冠し、九姓回間の名によりて履へ史
なることは、二姓回間の部は別にまた九姓なる語を冠し、九姓回間の名によりて履へ史
なることは、少しも疑なきことなれども、然も此の部は別にまた九姓なる語を冠し、