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0366 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 366 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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三二八

羽田博士史學論文集 歴史篇

巳婁祁勿、寨羅葛回紇性也、與僕骨・渾・拔野古・同羅・思結・契苾六種相等夷、不列於數、後彼有拔悉蜜・
葛邏祿、總十一姓、並置都督、號十二部落、同聞が此等の九姓より成立したるが爲に稱へられたるものに外ならずとは、
と記せり、されば九姓回鶻なる名稱は、余輩の知る所を以てすれば、册府元龜七九
普通に認めらるゝ所なりとす、抑も此の名稱の最も早く見ゆるものは、
朝貢篇に「天寶十載十月辛未、遣使朝貢」と記さるゝものなるが如く、ついでは其の十三載四月の
條にも「九姓廻紇……遣使朝貢」と見ゆ「而して之より後は、册府元龜に存する廻鶻可汗功碑にも、此の碑文の題名に見ゆる可汗に對して「九姓廻鶻□受登里蜜施
の外蒙古 Orkhon Balasagun「河谷の」合毗伽可汗聖文神武碑」と記し、册府元龜に存する廻鶻可汗功碑にも、此の碑文の題名に見ゆる可汗に對して「九姓廻鶻□受登里蜜施
和三年五月……命使册九姓廻紇、爲鐵國大人(七六府元龜卷七一、德宗貞元六年十一月申詔九姓廻鶻供
贈忠貞伽可汗彩帛曹蜜石氏、殿朝三日〔三〕、また舊唐書本紀貞元十一年の條には
録九姓伽可汗疏、彭信可汗に對し、何れもみな九姓廻鶻……可汗と稱せり、されば此の名稱を以て、回鶻が此等の九姓部
落より成り、若しくは回鶻が此等の九姓部落の地を占め、之を統一したる名なりとするは、

史上の事實と能く一致するものなるが如し。

落信可汗に對し、若しくは回鶻が此等の九姓部落の地を占め、之を統一したる名なりとするは、

然より此の名稱に就きては、從來學者の注意せざりしが如くにして、然も極めて明らかに之が説明を施せるも
のゝ別に存するあり、唐會要の記事は印ち之なり、同書十八廻紇の項によれば