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『東洋文庫所蔵』貴重書デジタルアーカイブ

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0368 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / 368 ページ(カラー画像)

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doi: 10.20676/00000267
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三三〇

げたり、同働因ち隋に奉乾と得したるものも、実にまた其の一部として記さゞる所なり、されば回僧なるものは、隋時議勤
たり、同働因ち隋に奉乾と得したるものも、実にまた其の一部として記さゞる所なり、されば回僧なるものは、隋時議勤
中の一部として、識勤なる傳を経の下に称ばれたるものも、もとより異論ある、これに非れども、然も前は印ち
同働となり見、隋書の勧書以て、直ちに廻乾傳を経出したりとも、此の一節につきては忠實に諸書を施
les Tou-kiue (Turcs), occidentaux の如き、彼の Marquart 氏の好き、西紀書の東洋歴者の如く、多くは此の傳を依據として、同傳と読實との両立
を問一眼する點識に付き、それは廻廻の東洋歴者の如く、多くは此の傳を依據として、同傳と読實との両立
外、何等此の點に關する意見を附せず、されは廻廻の東洋歴者の如く、多くは此の傳を依據として、同傳と読實との両立
り。Thiele (鑑觀) と名付けに記されたる Türk の所許に征服せるを記せり。"Ong 大の部族あり征服し城を無き時突厥人よ
とは、北史突厥傳に見ゆる大統十三年(隋書同傳は年を以て、突厥の篤為を撃破し、其の余五六万の廻勤征服し
ること、いかゞ論なり、されば北史に見ゆる大統十三年(隋書同傳は年を以て、突厥の篤為を撃破し、其の余五六万の廻勤征服し
に及びて関かる (Die Chronologie Türk- und Uigurischen Inschriften S. 95) 廻廻の篤為に撃破し、其の余五六万の廻勤征服し
とは、北史突厥傳に見ゆる大統十三年(隋書同傳は年を以て、突厥の篤為を撃破し、其の余五六万の廻勤征服し
くること、いかゞ論なり、されば北史に見ゆる大統十三年(隋書同傳は年を以て、突厥の篤為を撃破し、其の余五六万の廻勤征服し
する人の、之が為に誤りたるも多きに驚くべき説明は、實在書の傳の記事に挙げるものあり、廻廻の學者にて、見たりかかる部族にて、自から著文を読み得
史の記載は、之が誤りたるも多きに驚くべき説明は、實在書の傳の記事に挙げるものあり、廻廻の學者にて、見たりかかる部族にて、自から著文を読み得
誤解たるべきものなり、一班して説明は、實在書の傳の記事に挙げるものあり、廻廻の學者にて、見たりかかる部族にて、自から著文を読み得