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0377 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 377 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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と見ざる町からず、但し通鑑の証者胡三省は其の真観四年二月の條に、李靖が、「與李勣謀し、副利稽収其衆鬱督、
若走度磧北、保依九姓、迺訓抜野古・延陀・阿勿嗢、迺紇之屬」とあるに就て、「新書回紇傳有九姓、曰藥羅葛、曰
羅勿、曰訓抜野古・延陀・回紇之屬」と記せり、「曰解素、曰迦葛之屬」と記せり、此の九姓を加へたるに就りては、
姓、即訓抜野古・延陀・阿勿嗢等の姓は唐書に見ゆる回個の九姓と別所に記せられたるはもとより、承認
する所なきによりとも、其の中に延陀部を加へたるに就りては、別に確かなる回個の九姓と別所に記せられたるはもとより、承認
以上述べたるよりて、唐代単に回個と稱するものは回個のみに非ず、樂羅葛以下の九姓より成り回個を指すものなりとも、何一
また上述べたるよりて、唐代単に回個と稱するものは回個のみに非ず、樂羅葛以下の九姓より成り回個を指すものなりとも、何一
の知れる限りに於て回個側を指せるものなりみするか、若くは回個・抜野古の何れかを指せるものなりとす、何一
ば、Chavannes 氏の如きも実にその「人としてその、共の庫故三十姓可汗・抜野古阿那氏の墓誌の解釈に於て、「君臨右
地、九姓恐其神明」と記せるを解きて、九姓とは回個か抜野古かの何れかに外ならずといへり、然れども此の如き上述引例㈠に
証記したるが如く、九姓恐其神明」と記せるを解きて、九姓とは回個か抜野古かの何れかに外ならずといへり、然れども此の如き上述引例㈠に
は册府元龜の記事に通鑑及び同氏の説明する所としては、宛題に過ぎたる樂羅葛以下の九姓たるべし。
翻りて舊唐書に「本来住宿・涅・同羅」新唐書に「恋有九姓遊」として挙げたる、積利等衆」と記せるよりも見るも、共の鐵勒稱中に數
ふるに、新唐書が「興俟斤宿・涅・同羅・抜野古・思結・契苾等九姓」と記せるよりも見るも、共の鐵勒稱中に數
へらるべきものなることは論無けれど、然も此等の各部は歴代を通じて極めて廣をたる小部落に過ぎざりしこと即