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0386 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 386 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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羽田博士史学論文集 歴览篇

と見るを正しとする説 Radloff, Das Kudatku Bilik p. LXXXI に見ゆ、されど之は toguz-Oyuz にして、従
つて突厥碑文に記さるゝ古き名前の異れるものに非ざるならんか、すべて以上述べる所によれば碑文の Oyuz
と史書に見ゆる Ouigours との同一なることは疑ふべからざるなり、依に Ojuz なるものはこゝに問題と
なれる民衆若しくは部族の本来の古名にして、突厥にては族の名称にして、或は
民衆若しくは部族の或る政治的團體の名稱なりと認めざるべからず (Inscription de l'Orkhon p. 147, note 22)
と説き、ついで

㈢ Marquart 氏は一八九八年 Die Chronologie der alttürkischen Inschriften を著はし、其の中に於て歴覧可
汗及び闘特勤の碑文を以て、支那の記録と對比する時は、Tongra(同羅)・Bajyrqu・Hun(渾)・Sukit
(思結)・Adiz(阿跌)・Sülp(薛)及び本来の Uigur(廻紇)が Ojuz の中に数くらるべきものなること疑
疑を容るべきなし、然も後来圏ちら回間は政治的中心なる九姓圏(とoguz ojuz の中に数くらのなりしものなること疑ふ
り (S. 23)

㈣此等の諸説の後に Hirth 氏は一八九九年 Nachworte zum Inschrift des Tonjukuk に於て、鐵勒の大部族
中、九姓(Togus (Togus 氏は Ogus=氏はいふ近年に至りて挙げたる九姓を指せるものなり)は骨咄禄(創立父
羅をいふ)の時及だその一小部を成しぬ Uigur は狭き意味に於て天に至るその一小部を成せるものなり、されど又
中、九姓(Togus (Togus 氏は Ogus=氏はいふ近年に至りて挙げたる九姓を指せるものなり)は骨咄禄(創立父
て認めらたるものなり、後に七世紀の初めに於て同姓の薬羅葛氏は、単なる Uigur を意味するものとなれり、十萬衆を有し、半は兵士として
Uigur は後に七世紀の初めに於て同姓の薬羅葛氏として Selenga 河上に住み、十萬衆を有し、半は兵士として
て認めらたるものなり、後に七世紀の初めに於て同姓の薬羅葛氏は、単なる Uigur を意味するものとなれり、十萬衆を有し、半は兵士として
Uigur は後に七世紀の初めに於て同姓の薬羅葛氏として Selenga 河上に住み、十萬衆を有し、半は兵士として
て認めらたるものなり、後に七世紀の初めに於て同姓の薬羅葛氏は、単なる Uigur を意味するものとなれり、九姓圏ち Toguz