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0398 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 398 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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と記し、獣駱を殺せることを以て、回僧部長伏帝倒の功に歸せり、㊟而して之に類似せる記事は、通鑑の考異に引用
せる唐暦に見え

唐暦又云、靈至(卽ち前出通鑑の部㊟案に相當す)引特勤回僧部落、幷駱于渭梁河〔月発酉四年〕
と記せり、靈至(卽ち舊唐書回僧傳の記事は此の類の解釋資料に據り、且つ年代上之鑑部長伏帝倒の事業に歸したるものと

るべき、然も伏帝倒なる者は、低に其の父獨解支の時より、通典・舊唐書及び新唐書の記事に見ゆるが如く
当時漠北に勢力を有したる者とは思はれず、却て残留して南従するに至らざりし別部に見ゆるものなとすれば、
其の部は伏帝倒の率ゐたるものには非ずして、漠北に固なりしことは、通典・舊唐書及び新唐書の別部
る處から察すれば、思ふに獣駱を殺せるものが抗争したる者とは思はれず、而して之を以て此の部のみに止まらずして、
疑無き事實なれども、然れど力を殺せたるものは、獨り此の部のみに止まらずして、淡北にありし回僧部
及び其の他の九姓部部も之と力を殺せたるものなるべく、從つて此の部に止まらずして、獣駱を殺に
至り、而して之に事情を明示するに足るべきものは、前記の如くの以て回僧の殺さ
るや、『於是別部移健副殺、奥同羅・靈等拌来、詔置其部於大武軍北』と見え、又舊唐書本紀開元四年六月突昔
の條にも「突厥可汗獣駱爲九姓部所殺、於其武宣丞于京師、獣駱兄子小殺機可汗、…此の時に於る此の部、獣駱を殺す
・靈・勒克国(卽ち拔)・僕固五部落所殺、於大武宣北安置」と記さるゝものと之なり、思ふに此にして、
の條は、彼固等が獣駱の減少に密接なる關係を有したるものなることが明らかなりといふべし。

の来降は、彼固等が獣駱の減少に密接なる關係を有したるものなることが明らかなりといふべし。
彼等は直ちに相接させて同月店に来朝するに至りしものなること朗らかなりといふべし。

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