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0408 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 408 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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Inschr. f
ür. arab. Quellen, S. 4)

実厳にて生涯を數ふるも、普通支那及び我が國に於るが如く、
は、確かな記載の存するも無けれど、當時の宮廷に於る文化の一般的態勢より推すとして、
見るを以て差りとすべし、Hirūh 氏が關特動及び獸難連可汗の死時と生誕の數とを基として支
那と同様、氏の考へたるに據を數へ、一年後と見たるものと思ふ(Nachweise zur Inschrift des Tonjukuk, S. 92)。實際にしかも支
ついて、Hirūh 氏の論述する所は余驚の覺えざる所なり、關特動及び獸難連可汗に於て同氏の調文の記事を比較するに當り、しかも
一の事情に關して兄弟の年齢を記せる所には、其の差は常に一歳となり居れど、只だ、此に至れば、關特動考へ、一度のみ獸難連の十八歳の時より、獸難連の十八
歳の十六歳の時に記さるゝものあり(I. E. 31; II. E. 24-25)。Marquart 氏はこれに關特動考へ、余驚は常に誤謬の點少きに非ずして信ず
以て、本文の初めに何らかの確文の記事にも見るに誤謬の點少きに非ずして信ず、且つが正しとことには阿布思なる名が屬
人名として用ゐらるゝにしても疑無けれど、唐書を補へり、第三三六頁貢(參照)。今見ゆる其と名の如く、次に見ゆる阿布思は本文にはたゞ記せども、之も同
様に阿布思たるのみにして、阿学を補へり、第三三六頁貢(參照)。今見ゆる其と名の如く、次に見ゆる阿布思は本文にはたゞ記せども、之も同

㉑ 本文には阿思布と記じたられど、唐書を始めとして他の書に見るに誤謬の點少きに非ずして信ず、且つが正しとことには阿布思なる名が屬
人名として用ゐらるゝにしても疑無けれど、唐書を補へり、第三三六頁貢(參照)。今見ゆる其と名の如く、次に見ゆる阿布思は本文にはたゞ記せども、之も同
様に阿布思たるのみにして、阿学を補へり、第三三六頁貢(參照)。今見ゆる其と名の如く、次に見ゆる阿布思は本文にはたゞ記せども、之も同

㉒ 此等の事例に就きて書ふるに、阿布思なる名は、第三三六頁貢(參照)。今見ゆる其と名の如く、次に見ゆる阿布思は本文にはたゞ記せども、之も同
くは思紹別施と疑せられるものが、他方に如何し、此等の事例に就きて書ふるに、阿布思なる名は、第三三六頁貢(參照)。今見ゆる其と名の如く、次に見ゆる阿布思は本文にはたゞ記せども、之も同
思、此等別施と疑せられるものが、他方に如何し、此等の事例に就きて書ふるに、阿布思なる名は、第三三六頁貢(參照)。今見ゆる其と名の如く、次に見ゆる阿布思は本文にはたゞ記せども、之も同
みで阿布思と稱したるものには如何し、此等の事例に就きて書ふるに、阿布思なる名は、第三三六頁貢(參照)。今見ゆる其と名の如く、次に見ゆる阿布思は本文にはたゞ記せども、之も同
名なりしを、縱者が訴にて人名の如く記せるか、通興に九姓葛邏阿布思とするものが、實は部名なり

因みで阿布思と稱したるものには如何し、此等の事例に就きて書ふるに、阿布思なる名は、第三三六頁貢(參照)。今見ゆる其と名の如く、次に見ゆる阿布思は本文にはたゞ記せども、之も同
名なりしを、縱者が訴にて人名の如く記せるか、通興に九姓葛邏阿布思とするものが、實は部名なり

但し㉑に戻るを存するか知、通興に九姓葛邏阿布思とするものが、實は部名なり

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