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0411 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 411 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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せるものと見るを以て當れりとせぬる可らず、又注意すべきは、uijur なる膠着文字にて、uijur、或は、uijur と書き、囘鶻文字にても 囘鶻教徒及び基督教徒等此のものが名を記せるものを見るに、然も頭音は母音にして輕く、第一音節を以て長母音にし、語勢強かと
して見、例えば Ighur; Rāiruḍ は Iguures; Haiion logurs と記し、Assummani によれば、ネストル教徒の歴史には Abu-
farādj は Ighur; Rāiruḍ は Iguures; Haiion logurs と記し、Assummani によれば、ネストル教徒の歴史には Abu-
の音を寫すには用ゐられざるが如しという。されば、uijur の音に膠するものは明かなかなれど、i
れば、此の場合にもzを以てzを寫すの適當なる知ると共に、護雅夫氏の論述する所に於て、(bo) を寫
(bo、廣東音 bao) なる文字に続きては、前の Hirth 氏の論述する所に於ては「juz を寫
したりと見んには、語尾のz音を続けるものといえる可らされど、かゝる例は漢字を以てする音譯に於ては「i
々校擧に過あらず、假令之を以て uijur を寫したるものなりと見るも、偶其の r 音を省したるものと見るの可ならぬ可
らず、されればもし此等の文字が正しく原音を寫したるものとすれば、Oruz なる部族の名は親の時代より支明
に知られ、後世代に入りては、其の目から稱する姓部の數によりて、單に九姓と呼ばれたるが、然も後代よりは
その一部中の、なる草紀 (uijur) の名も、同一姓に屬する他の部なる僕骨・同羅・拔悉苦・斯結・渾等と共に識
勤の一部として知られ、唐代に入りては更に乙が廻紇、囘鶻等の文字を以て記さるゝに拘はらず、囘教等の業者に
然も注意すべきは、uijur の名は此の如く演變せる中には隋唐時代より盛に現はるゝに拘はらず、隋唐時代より早く
りては遙かに後世に至る迄用ゐられず、西紀第十二演世紀中に初めて其の名の記さるゝことなりとす。

九姓囘鶻と Toŋuz Oŕuz との關係を論ず

三三九三