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0427 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 427 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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(Sinucasi 碑、北面第五行に磨延啜が宿其父の在世中、而して突厥の鳥蘇施可汗を滅さる前に於て既に「余は、余の民なる Toguz Ojuz の民を集めたり」と記せり)八(姓)Ojuz が何れの地方に陣りしか固より知る可からざれど、然も九姓)Tatar、Selenga 河を距ること遠からざる地方に在りて此の八姓のなることは、茲に引きたる確交東面第三行の記事によっても推察するを得べし、此の八姓よりも先きに正鵠を得たりと認めたるかは知り得べからざれど、假に突厥碑の甚でられたる時代に於ても既に存在したるものと認むる時は、Thomson 氏の説即ち Ojuz は九姓より構成せられたるが為に Toguz Ojuz と稱せられたるものの設に對しては、少しく制限を加へ、当時漠北地方に居住みし Ojuz 部族中の九姓より成り、きは Sükür Ojuz なる團體し一團を稱して Toguz Ojuz と曰ひたるものと認めざる可らず、然れ共茲に注意すべき、同確交には未だ一團と雖此の名は現はれず、而して此の時代に於ては著しき勢力なる Ojuz の名を以て論述したるが早く既に歌欺御時代に存したるものとするも、然も此の時代に於て本論に於て論述した一回と雖此の名は現はれず、而して此の時代に於ては著しき勢力なる Ojuz の名を以て、た此の確交に於て、Toguz Ojuz と同一の意味を以て用ゐられたるものなることを疑無げれば、余輩等の同確交の記事と漢文の記載とを比較して、Toguz Ojuz は曾要に記載せられ、即も回鶻・同羅等の九姓に外ならずと見たる結論に於ては動揺を生ずる無きこと之なり、従て Toguz Ojuz とは、Ojuz 部中九姓より成し一團を稱し、たるものなることを認むと雖、Marquart 氏の説とは固より一致せるものには非ず、氏は Toguz Ojuz を以て Ojuz 中の回鶻を始め僕骨・同羅・思結・抜野古等の九姓を構成したるが為に生したる名なりとし、余輩は却りて此の名を以て中の回鶻が政治的中心たる藥羅葛・胡咄葛以下の九姓を構成したるが為に生したたるものと認むるに外ならず

九姓回鶻と Toguz Ojuz との關係を論ず

三八九