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0428 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 428 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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と思すなり。

㈣Sine-usu 碑交此面第三行乙れ On Uïyur 即ち十姓〕Uïyur なる名の記されたる言葉、即ち Ramstedt 及

に従くは

3)………………das in〔Flussgebiete?〕gebliebene Volk herrsche über die Zehn-Uiguren und Neun-
Oyuzen hundert Jahre und………Orkhon Fluss………fünfzig Jahre geherrscht hatte.

と譯せり、碑文は此の部に於て著しく殘缺し、其の意味を解し難き所多けれど、十姓〕Uïyur といふ性〕Oyuz
の文字は僅かて明らかに記され、他に見えず、余輩が近大著新なる Marquart 氏の見なる Ostürkische
開國の傳説中に現れらかに記して、余輩が続き説を得たる Marquart 氏の見なる Ostürkische
Dialectstudien, S. 35-36 に氏が此の傳説中の名を次のいふ、On Oguz と称稱せられたりしものを見え、西突厥及び
と稱せられたることあるが、其の十姓、十箇部の名をのいふ、On Oguz と称稱せられたりしものを見え、西突厥及び
同時に聽するものあると言

Rashid-eddin S. 言ふ、On Uïyur 及び Toquz Uïyur なるものは、明らかに西突厥及び同時に聽するものあると言
5、而して Toquz Uïyur なる名の稱(なる名は)に稱せられて、後突厥及び往来
6名稱として存し、常にその支配に常しい Uïyur 部族名として稱せられたるが、既に解釋を示すると言ふ〕Toquz
Oyuz なる名は、常にその支配に常しい Uïyur 部族名として稱せられたるが、既に解釋を示すると言ふ〕Toquz
の名と代りに至しくなりと論じたり、然も氏は此の後新に Sine-usu の碑文を
見、其の中に前記の如く On Uïyur; Toquz Oyuz なる名稱の存するを認むるや、同書の末に附したる補に於て

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