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0440 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 440 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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にトルコ語 fišim の音評で、多も就も同じ fim の音を写したものである。誰は今音 fim で延は廣韻を始めとしてみな、šen であるが、古くは延に別に就も同じ fim の音を有ったであろうことは延を首証した fim の文字が拝されることからも推知出来る。嘗てヒルト(Hirth)氏⑤
もみたように、嗟嗟磁磁などと延に延を首証した fim の文字が拝されることからも推知出来る。嘗てヒルト(Hirth)氏⑤
の一例である。それで康搢多延といふのは康國の fušgim fim と見るべき、当時石城鎮に植民した康國人の首鉗其
一論じたように、嗟嗟磁磁などと延に延を首証した fim の文字が拝されることからも推知出来る。嘗てヒルト(Hirth)氏⑤
なる摩尼数の僧侣であったと考へられる。此の外にも康國人は諸方に植民してをらしく、前にも引いた如く、吐
魯番地方にもアルタイ地方にも其の証跡がある。此の等のソグド人が互に中にまた摩尼教をもらしく、もの少くて
を強く証拠立てるものは、前に記に入った回鶻可汗功绩碑に、漢文の外に突厥文とソグド文との記事があるが、更に此の事
あら。かかる点からも回鶻可汗功绩碑に、漢文の外に突厥文とソグド文との記事があるが、更に此の事
ソグド文挙立てるものは、前に記に入った回鶻可汗功绩碑に、漢文の外に突厥文とソグド文との記事があるが、更に此の事
を強く証拠立てるものは、前に記に入った回鶻可汗功绩碑に、漢文の外に突厥文とソグド文との記事があるが、更に此の事
一部分を読んでから、今日ではその名何人も文意を探るソグド文字で書いたソグド文たることを疑ふものはない。漢文の文面に
は建碑当時まで、今日ではその名何人も文意を探るソグド文字で書いたソグド文たることを疑ふものはない。漢文の文面に
事に就いては詳細の記事がある。而して碑の一面の記事は、摩尼教の盛に行行は、また摩尼教僧侣を東方に出し
居る証拠となるソグディアナの文字と言語とで記されて居るものはあるまい。果して然らば回鶻に於て前述の如く思
時回鶻に留ったソグディアナの文字と言語とで記されて居るものはあるまい。果して然らば回鶻に於て前述の如く思
政治上重要な位置を占めた此の摩尼僧侣が手に成った事を疑ふことは、当時た獨りソグディアナの人によりてのみ信ぜられたものではない。玄奘三藏の大