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0484 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 484 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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等は将之を回留族と見るに於て一致せり。而して余も後者の説く所を認め、別にまた金史に「大定中〔一一六〇〕」所慶十分
回領移習覽三人至西南招討司貿易、自言木圓回紇窟括番部、所居名骨斯虒魯染、俗無兵器、以田鳥業」所謂刺比亜史
之一輪官、誉老相傳、先時契丹室、不能拒、伝臣之」(粘刺魯)と見え、而して骨斯虒魯染(応ち魯染)は刺比亜史
家のいペラサグンに外ならさるべきこと、近に學者の記むる所なれば、大石の侵入の際ペラサグンに據りしもの
は回領にして、従って語學者の設と相待ちてイレク・カン家なる者は此等の間領族なりしことを記むるに足らんとするもの
なり。されば大石が北廷より書書中に見ゆるが如く、其の欲する所は、西の方大食に至らんとして、之が書中に今既かに道を假らんことを講
へるものなれば、甘肅地方のものを指せるに非ざるが如く、此のことは舊五代史及び遼史に、渡の太祖
我皇覽三年に使を甘州回領に遣はして鳥主可汗に論じたりと記せるもの(にして、此の回領の組先には非ず。されどもこれは昔
母主なるものにして回領の前先には非ず。実にブレット・シーナイデル氏は明らかに
こゝに贖服をなすに至りし回領は、甘州地方のものなりとせり(Mediaeval Researches, Vol. 1, p. 119)されと北廷と大食との間、大
之を以て甘肅の回領を指せるものならりとせり。高昌、或はイレクカン家のものなりとも認め得らる。
する者は何の要ありてか甘肅に道を假るべきや、もとより此の回領は北廷と大食より西何んか
石の西廷の道途に據りしものか、若しくは其の地方の回領の後と思料せしか、此の地方の回領を以て甘州回領の後と思料せしか、或は然らずとするも、書中太祖と大食と鳥邪主との
應酬を敍するものは、此の地方の回領を以て甘州回領の後と思料せしか、五ひに回族のこと

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