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0487 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 487 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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しくはセルジュークとの戦ひを肥さず、然も此の年より後は廿五年にして、セルジューク家のサルタン・サンジャールが黒契丹のグルカンの為めに大敗したことを記せり、されど(Medieval Researches, 1, 285, note)と注したれど(Khorassam)の音を寫したりとする方が遙かに適當なるのみならず、本文の紀年はもとより信用するに値せざることなりとす
至りてかゝる戦ひを生じたることは到底信ぜず可らず、其の遠ぶる所に至れば、一回匹亞の史家イブン・エル・アチル
西方の史家との戦ひと共に大石と*コラッサン軍との戦ひを最も早く記せるものは西側比亞の史家イブン・エル・アチル

62) 然も忽兒珂は之をホラズム・シャーと見るよりもホラッサン(Khorassam)の音を寫したりとする方が遙かに適當なるのみならず、本文の紀年はもとより信用するに値せざることなりとして、當年匹にサマルカンドに上述の如くにして、當年匹にサマルカンドに

名せられるシン(Sīn=支那)のグルカンは、大軍を率ゐて支那を去りてツルケスタンを支配せしアーメッド
(Ibn al Athīr 一一三六〇)なり。其の遠ぶる所に至れば、一回匹五三年(一一三八年)カシュガルの境上に、敗者と縁

(Ahmand) は軍を集めて敵を進撃せしも、グルカンが支配せしアーメッド
に至りし時、匹に彼により此の地方に至りたる同國人ありて、ツルケスタンの諸方の君主に仕へ、其の境の
守禦に當りたりしが、大石の至るや此等の人々は皆彼に附し、グルカンは其の助けによりて全にツルケスタンに主權
を立つるを得たりき;……其の後グルカンは當時モハメッドの子マームードは其の助けによりて全にツルケスタンに主權
ルに軍を向けしが、五三一年九月(征五月三七)マームードはホームジェンドより進みて之と戦ひしも、刺あらずして

サマルカンドに走り歸り、全國を武裝せしめ、またサルタン・サンジャール(セルジューク家の)に助けを請ひ、異教徒
討伐の連合の爲に全回教徒を招集せんことを懇請しぬ。茲に於て援軍はホラッサン、マザンデラン、セジスタン、
ガズナ其の他の回教國より招集り來り、一一四一年にサンジャール自から其の軍を率ゐてアム河を渡れり、されどグ
西遼建國の始末及び其の年紀

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