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0500 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 500 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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その大事業の端緒を開くのはまさに此の時からのことである。

四 飛躍の第一歩

当時彼の年齢は二十五歳に当つて居る。尤もこれより以前即ち二十三歳の時に、彼の妃の父で其の頃サルカンドに権力を握つたカルガンといふ人の命によつて、千騎ばかりに路として、波斯の東方ニラッサンを征伐して成功し、此の時早くもその地を自分のものにしやうといふ野心を抱いて居たが、それはカルガンが殺されたが為に、目的を達せず、本國に早く帰つて来た。しかし此の征伐はとにかく人に命ぜられて行つたことでもあるから、さてハジ・ベルラスは東部察合泰國王の侵入を聞いて一度に對抗の準備もしたが、牛にして軍を散じて逃げてしまつた。無論帖木兒も叔父と行動を共にしたが、途中彼の才略にみすみす無為に落ちくことの愚を悟つて決心した。そしてその方法は亦ムアム河の邊の旅略でもあつた。身を賊して敵軍に投じ、三千の賞銭をふるつて人を勤め或は熱誠の賞略をもつて、の雄雄を推戴して居るが、果してその勢か或は彼の計画は成就し、見事に彼の活動の第一の事件と目すべきものて、彼は敵の大将からケシュの支配を托せらることになつた。これが彼の活動の第一の事件と目すべきものであらう。しかしながら此のケシュの支配のことはまだ直接王から任命せられたものではなかつた。千三百六十一年にトグルク・チムール王が再びサマルカンドに撃ち入つた時に、帖木兒は王の侍臣で非常に権力のあつたハミード

四六二