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0509 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 509 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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その善美を盡した宮殿の中に、直ちに次に執るべき行動の計画に化はしかった有様である。「国家というものを
織ふた時に、初めて我が眼を安んじて閉ちに安眠の床に入ることが出来た」というふのもまた其の訓言の一つである。
かく迄意志の強い人であった彼を愛つた時などの嘆き方といへば、一面にはまた其な感情に臆かつた点もうかゞはれる。その時、彼は愛子ジャンギールを愛つた時などの嘆き方といへば、實に非常なものである。「王は其の子の死の爲に喪
心して、國家の政務を見ることを全く廃止してしまつた」ので、臣下のものは打ち連れて彼に迫り、辛ふ
保護の爲に君主を置いたのに、之れが政を見なければ天下は暗である。といふやうな言葉を以て諫めたので、シャー・ルフ、妃アガに對する
じてその元氣を恢復することが出来た。『戦賦記』に見えて居る
愛戀の態度なども、よく彼の感情の方面を示して居るものである

九 帖木兒に對する評論

凡そ世の毀譽褒貶は如何なる人に向っても、一様でない。その観察の仕方の相違に因るもので、もとより止むを得
ないであらう。
帖木兒の如何きも昔から賞揚と非難との両方面から、殆んど擧げ切れない程の評論をうけた人であ
る。善くいふものは先づ偉大なる戦賦貢業と称し、勇猛の士といひ、寛大の千種萬様でいひ、民苦を救のふた王者といひ、もし公平にいふならば此等
のどの批評も皆な当って居り、從がって此等の何れの方面も持って居た人云ふべきであらう。今一々その例証
悪くいふものは野心家と呼び、殘虐人といひ、壓制家といひ、其の他千種萬様でいひ、
を擧げる遑はないが、或時にはましい殘酷な行爲もあつたが、他の時には愛敬すべき寛容な態度もあつた。彼

帖 木 兒 大 王

四七一