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0521 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 521 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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か、言ひ換ふれば此の兩雄初度の接觸に於て如何なる米景が演ぜられたか、回教國の歴史にも安郡の史乘にも、此
等の點については、一向消息を傳へて居ないが、知つて第三者ともいふべき突厥部族縻羅巴人の記録が此の事を詳述して居
るのは甚だ面白いことである、かゝる現象は住と見えることで、例へば突厥部族の有樣な實縻馬帝國の使者によつ
て傳へられたり、蒙古の事情が縻馬法王や佛蘭西王の使者によつて今日に明らかにせられて居る仙馬の支付に、極めて公
る。もとよりその取捨に於ては充分の注意を要するけれども、事柄によりては利害の關係薄い其の一例であ
平な記事を認めることが出来る、此の際に於ける縻羅巴人といふのは西班牙カスチル王朝のヘンリー三世から、帖木
兒に遣はされた使節一行の頭なるタラビーホ (Clavijo) のことで、彼は其の旅中目聞のことを巨細洩らさず
記録して今日に傳へたのである、彼が帖木兒に論じた勤なるものは、クラビーホによつて彼が居るのである。
に来て居た時であつて、親しく安郡の使とも語り合つて其の模樣をしるして居る、「王(帖木兒)が
さて永樂帝の帖木兒子に歸つた時に、支郡からの使が来て、王が曾て次の如くに傳へられる、
トルコ征伐から米絶えたる毎年の貢を入れよとの命令を賞らした」と、支郡の領地を占領するとの言ひ合ひ、
そうして七年以比米絶えたる毎年の貢を入れよとの命令を賞らした」と、支郡の領地を占領して居る
を指して居るのか能くは解らないけれども、前朝の陛下でのあつたチャガタイ汗國の「節を占領して居る
といふ樣な意味でもあらうか、もしくは更に古古此の地方との關係を引つぱり出して余裕たるもの、尤も劃合に兩國
の事情に通じないタラギゼウの語ることは、果してその儘眞である從どうかは餘程考へて見るとあまり展かふべき餘地はない、聞ち帖木
兒の答と、また之に關聯して彼の書いて居ることによつて考へて見るとあまり展かふべき餘地はない、聞ち帖木

帖木兒と永樂帝

四六三