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0525 羽田博士史学論文集 : vol.1
羽田博士史学論文集 : vol.1 / Page 525 (Color Image)

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doi: 10.20676/00000267
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従来罪を犯す道具であった偶像教の寺院を焼き捨てて、贖罪の器としやうと思ふ、彼等は罪を懺ひ、神明の免しを得るであらふ、聖
偶像教の寺院を焼き捨てて、贖罪の器としやうと思ふ、彼等は罪を懺ひ、神明の免しを得るであらふ、聖戦に従ふ
典は善行によつて過去の罪悪の消滅を設けて居る」といふのが彼の此の時の宣示であつた、名くして彼は宗教に力心
をまとめ、よつてその野心を安邦の大軍は、一四〇五年正月八日に撤馬兒学を設し、此の如くにして強大な勢力
なくばず、と自ら認めた安邦の大軍は、一四〇五年正月八日に撤馬兒学を設し、此の如くにして強大な勢力
たのであつたが、さて此の罪を喫せざるを得ない、先づ集まつた軍隊の数を見ると、当時彼の勢力範囲であつた
その軍容を見るに、一篇を喫せざるを得ない、先づ集まつた軍隊の数を見ると、当時彼の勢力範囲であつた
方から二十萬の兵數を徴集し、これならば「如何なる事業も成就する」と附して居るのであつた、
尤も此の兵數のことは、彼の「ミルザ、ハイダールの書いたタリキ・ラシディナる書物には、等しく戦勝記に撮ると
して八十萬誇張の言か、然らされば偶然の誤りと見るべきであらう、帖木兒見と見えて居る者から、八十萬と見えて居る者から、此の二十萬の軍を支邦に返るといふことは比る著
者の麻なる誇張の言か、然らされば偶然の誤りと見るべきであらう、帖木兒見と今日の哈剌綽の北方なるルヅス
は、その道筋のことを考へると実に困難な仕事である、帖木兒見は果たして今日の哈剌綽の北方なるルヅス
の谷間まで押し寄せて来たことがあつたから、此の地方の用意が今日よく通じ回らされて居る、即ち此
る、それ迄天山の嶮阻を越えて、沙漠不毛の地を渡つて大軍を道する爲に、諸将に論じて騎者各々一人について十人宛の人夫は
の長途の征伐に於て、糧食武器等の缺乏なからしむる爲に、支邦に通ずる此の地方に周到の用意が回らされて居る、即ち此
しめたが、此の外に穀物數千荷は軍用の車によつて運ばれた、これ道すがら種を蒔いで軍の歸路に於ける生命を